沢崎堅造

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沢崎堅造(さわざき けんぞう、1907年3月13日ー1945年8月)は、宣教師、宗教学者。

人物[編集]

東京生まれ。1930年京都帝国大学経済学部卒。東京外国語学校在学中洗礼を受ける。1941年京大人文科学研究所助手。40年中国旅行で中国人に日本が犯している罪をつぐなわねばならぬと決意、42年福井二郎を中心にした熱河省伝道の集団に参加した。しかし官憲から不穏分子とみられ、45年7月末退去命令を受けた。その直後ソ連軍の進撃に遭い同年8月消息不明となった。

20年後に論文集が刊行された。のち羽入辰郎が『マックス・ヴェーバーの犯罪』で指摘したマルティン・ルターのBerufの用法は、先に沢崎が指摘していたことがのちに分かった。

著書[編集]

  • 『東亜政策と支那宗教問題』長崎書店、1942
  • 『キリスト教経済思想史研究 ルーテル,カルヴァン,聖トマス,アウグスチヌス研究』未来社、1965
  • 『新の墓にて キリスト教詩文集』未来社、1967
研究論文集
  • 『沢崎堅造の信仰と生涯』飯沼二郎 編、未来社、1974