朝倉軌道

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朝倉軌道(あさくらきどう)とは、1908年より1940年まで福岡県朝倉郡(現朝倉市など)で軽便鉄道やバス事業などの陸運業を運営していた企業である。

概要[編集]

朝倉軌道はもともと、1908年に二日市から甘木までの路線を914mm軌間の併用軌道で開業させたのが始まり。
開業後の業績は好調でその後みるみる路線を拡大し、中央軌道や両筑軌道などの地元軽便鉄道を傘下に置いた。
その後、1939年に鉄道省甘木線(現甘木鉄道)が、田代線に並行して開業したことにより、経営的にも打撃を受け1940年に廃止・解散した。

これだけ見ればよくある鉄道会社に見えるが、鉄道ファンからはいくつもの伝説で知られている。(悪い意味で)

路線[編集]

  • 朝倉軌道本線 二日市-依井-甘木-杷木
  • 朝倉軌道田代線(元中央軌道) 依井-上田代

数々の伝説[編集]

朝倉軌道は、ありえないことに福岡県や国の法令や許可などを完全に無視し、無茶苦茶な鉄道経営を行っていた。このことから鉄道ファンの知名度が高い。

  • 中央軌道を4万円で譲り受け無許可で朝倉軌道田代線として運行を開始した。
  • 無許可で路線を運行休止した。
  • バスに対抗するため無認可で運賃を値下げ。
  • 運賃値下げによるコストカットのため車両幅が合っていない、ブレーキが弱いなどの問題がある客車をガソリンカーに改造。
  • 提出された設計書にある車両と同型が無く、そもそもその車両が存在したのかも分からない。
  • 車両の説明としてケヤキで車両を優雅に仕上げるという、安全面では何の関係もないどうでもよいことが記載されているが、肝心のことは何処に書いてあるか分からないレベル。
  • というかそもそも国や県への届けなんて知ったこっちゃなく、申請前にガソリンカー2両が改造済み。
  • 申請では8両すべてが同形扱いであるが、残された写真においては1両ごとに形態や車幅が違う、これはあった車両を手当たり次第改造がなされたため。
  • もちろん国も黙っているわけにはいかず、書類の督促を実施したが返信が来なかったり、必要事項が無かったりと対応まで杜撰であった。
  • 実際の現場では客車からガソリンカーに改造したものの、客車に改造し直したものや無許可で木炭ガス発生炉を取り付けたりと、もはや届出や申請はお飾りでしかなかった。

このような暴走ぶりから怒った鉄道省は朝倉軌道に対して現有車両の一覧を求めた。しかしこれも、正確ではなく存在しない車両番号が記載されていた。

このほかにも転車台や駅の構内配線が無許可で変えられていたりもしたり、保有していたガソリン機関車については平然と「トラックの中古エンジンを使ったから図面は存在しない」と言い放ち、鉄道省はこれを認可した。わけがわからないよ

ただしこの朝倉軌道、運賃値下げから収入が半分程度に落ち込んだにもかかわらず、無許可ではあるが車両を改造したり赤字路線を休止するなどのコストカットを続けた結果、最後まで無借金での経営に成功している。

関連項目[編集]