敬哀皇后張氏

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

敬哀皇后 張氏(けいあいこうごう ちょうし、? - 237年)は、中国の三国時代の蜀の第2代皇帝・劉禅の最初の皇后[1]。父は張飛[1]。母は夏侯覇の従妹[1]。諱は伝わっておらず諡で敬哀皇后と呼ばれる[1]。

生涯[編集]

張飛の長女で、221年に劉備が蜀の初代皇帝として即位すると皇太子である劉禅の妃(皇太子妃)となった[1]。223年に劉備が崩御して劉禅が皇帝に即位すると皇后となる[1]。237年に死去し、南陵に葬られたという[1]。死後、妹が劉禅の皇后(張皇后)に立てられている[1]。

『三国志演義』では劉禅の即位により17歳で皇后に立てられ、後に劉琰の妻である胡氏を引き留める役目を果たしている[1]。

脚注[編集]

  1. ↑ a b c d e f g h i 小出『三国志武将事典』P417

参考文献[編集]