小泉酒造 (富津市)
小泉酒造合資会社(こいずみしゅぞう)は、千葉県富津市の酒蔵[1][2]。1793年(寛政5年)創業[1][2]。
概要[編集]
代表銘柄・
「酒造り米作りから」を信念に掲げ、千葉県産の酒米の活用に注力している[1]。
2024年からは、千葉県が開発した酒米・総の舞を自社の田圃で栽培したり、低グルテン米・ゆめかなえを使用した商品開発を行うなど、地元米を用いた酒造りを行っている[1]。
最寄り駅は内房線上総湊駅[3]。館山自動車道富津中央インターチェンジからは車で10分ほど[3]。
歴史[編集]
名字帯刀を許可された小泉平蔵が、1793年(寛政5年)に鹿野山(現・君津市、千葉県で2番目に高い山)の麓で創業する[1][4]。
江戸期は地元の酒として親しまれていた[3]。現・東京湾の水運によって江戸でも飲まれていた[3]。
明治初期に家督を継いだ小泉源蔵が、家業を発展させて造り酒屋としての地位を確立した[4]。東京市の茅場町と田端に直営店を出していた[3]。
昭和初期には温度管理を徹底するためにいち早く冷蔵庫を蔵内に設置し、吟醸造りにも取り組むようになった[4]。
14代・小泉文章は蔵を継承すると経営方針を転換し、南部杜氏(岩手県花巻市)で技術を磨き、設備投資を行って特定名称酒の品質向上を実現する[1]。当時、岩手県や新潟県から来る杜氏に酒造りを任せていた蔵は少なくなかった[3]。南部杜氏が技術を囲い込まない度量があり、日本全国から若手が集まっていたのもあったが、13代・小泉平蔵は南部杜氏で学び、自社の杜氏に就任した[3]。泊まり込みを前提としていた作業工程を見直し、麹菌を繁殖させる工程で使用する蒸しゴメを入れる箱を8倍ほどに大きくし、菌の繁殖のムラをならす手作業を減らす、コメを蒸す甑をクレーンでつり下げるようにして、蒸し上がったコメを人力で運ぶ作業を無くすといった改革を行い、醸造担当者を7人から3人に減らした[3]。酒造りは「段取り8分」であり、いかにミスがなくなるような手順を組むかが重要と考え、かつては自家培養し、好成績も収めていた「東魁酵母」も「万が一」を考えて使用を止めた[3]。
1996年(平成8年)には酒蔵内に「ソムリエハウス酒匠の館」を開設した[4]。ソムリエハウス酒匠の館では、同蔵が造った20種類以上の清酒やリキュール類を試飲できる[4]。1999年には移転拡張を行っており、2019年時点では年間10万人以上が来館している[3]。
銘柄の例[編集]
富津市は「名水」に恵まれた土地であり、小泉酒造も軟水ではあるがミネラル分が豊富な鹿野山水系の岩清水を仕込み水として使用している[4]。
日本酒の生産量は300石(2019年時点)と少量の上、直販がほとんどであり、市販が少ないため、知名度が高い銘柄とは言い難いが、2009年から2019年までに全国新酒鑑評会で8回の金賞受賞歴をもつ[3]。
- 大吟醸 東魁盛[1][2]
-
- 原料米 - 山田錦
- 精米歩合 - 35%
- アルコール度数 - 16%
- 酵母 - きょうかい1801号
- 「東の国の魁となって盛んとなる」という決意から命名された。
- 2017年には「純米大吟醸 斗瓶取り」がSAKE COMPETITIONで2位を獲得している。千葉県の日本酒としては初となる。
- 山田錦を用いたものは品評会向けであり、自社田で栽培した五百万石を使用したものもある[3]。
- 東魁 原酒 八犬伝[3]
- 滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』にちなむ。
- 東魁盛 純米吟醸 きみさらず[3]
- 日本武尊と弟橘媛の悲恋伝説がちなんだ命名。
- 純米大吟醸 紫紺[3]
- 13代・小泉平蔵が明治大学工学部出身(1971年卒)だったことにちなむ。
脚注[編集]
- ↑ a b c d e f g h 「小泉酒造」『美味しい日本酒酒蔵めぐり』、2025年、52頁。ISBN 978-4835645780。
- ↑ a b c 『世界最高の日本酒』 ぴあ、2017年。ISBN 978-4835638294。
- ↑ a b c d e f g h i j k l m n o “ソムリエハウスで年間10万人が舌鼓 千葉・小泉酒造 ぶらり日本酒蔵めぐり(9)”. NIKKEI STYLEアーカイブ (2019年2月23日). 2026年8月25日確認。
- ↑ a b c d e f “東魁盛 五百万石 純米吟醸 (小泉酒造合資会社/千葉県富津市)”. SAKETIMES (2017年11月22日). 2026年8月25日確認。
外部リンク[編集]
- 小泉酒造の日本酒のインターネット販売 - 公式サイト