小林綾

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

小林 綾(こばやし あや、1928年 - 2018年[1])は、医師。

滋賀県彦根生まれ[2]。1949年京都府立医科大学附属女子専門部卒業[3]。奈良市の吉田病院に勤務し、巡回診療に従事[4]。1950年11月に初めて奈良県磯城郡大福村(1956年より桜井市)の被差別部落に入る[4]。1951年1月に部落に移住し、昼は吉田病院に勤務、夜は“部落の女医”として夜間診療に従事[4]。1951年3月に大福香久山診療所(現・社会医療法人健生会大福診療所)を開設[4]、同院長(1960年5月まで)。退職後は奈良県立医科大学放射線科研究室で学びながら、再び吉田病院に勤務[2]。奈良医科大学放射線科研究生だった1962年5月に『部落の女医』を岩波新書より刊行。その後、吉田病院の内科に常勤で勤務[5]。1980年頃に医師を引退[6]。

出典[編集]

  1. ↑ 「沢田内科医院の軌跡」のあとがきから(その1)(澤田美彦) 沢田内科医院
  2. ↑ a b 足立あや「部落に生きた十年」『部落』第14巻第9号(通巻152号)、1962年9月
  3. ↑ 小林綾『部落の女医』岩波新書、1962年
  4. ↑ a b c d 「かくれたベストセラー「部落の女医」のひみつ」『新週刊』第2巻第28号(1962年6月28日・7月5日合併号)
  5. ↑ 小松良夫編著『市民のための病院づくり――医療内容・住民との連帯・経営の実際 小松病院30年の提言』清風堂書店出版部、1993年、31頁
  6. ↑ 小林綾「医学は病人のためのもの」『部落』第42巻第12号(通巻529号)、1990年11月