小田ビンチ

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小田 ビンチ(おだ ビンチ、1977年9月7日[1] - )は、日本漫画家

経歴[編集]

1977年9月7日、長野県に生まれる[1]。小さいころに漠然と「自分は漫画家になる」とは思っていた[1]

東京大学文学部美術史学科に進学する[1]。大学ではボクシング部に所属。後にWBA世界スーパーフェザー級スーパー王者となる内山高志(当時は拓殖大学)とは入学年度が同じになり、内山が出場した東京都予選や全国大会に小田も出場していた[1]。なお、階級が異なるため、対戦はしていない[1]。大学時代には教科書やノートへの落書きが好きだった程度で本格的に漫画を描いたことはなかった[1]。就職活動を行った際に自分を掘り下げることは行ったが、この時点では漫画家という選択肢は浮かんでいなかった[1]

卒業後[1]東証一部上場している専門商社に就職して、プラスチック部門の営業として働く[1]。27歳のときに、初めて漫画を執筆する[1]。しばらくは、商社の営業マンとして働きつつ、土曜日、日曜日に漫画を描くことをした[1]

週刊漫画サンデー』(実業之日本社)にて2010年No.23(2010年6月8日発売)より、「商社マンは今日も踊る」の連載を行う[2]

著作[編集]

脚注[編集]

  1. a b c d e f g h i j k l “ポジテイブ全開”東大→商社→「笑って死ぬため」漫画家”. zakzak by 夕刊フジ (2011年4月4日). 2026年3月14日確認。
  2. 「ピース電器店」の能田、サッカー審判の苦悩を漫サンで描く”. コミックナタリー (2010年6月8日). 2026年3月14日確認。