呉班

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呉 班(ご はん、生没年不詳)は、中国の後漢末期から三国時代にかけての蜀の武将。字は元雄(げんゆう)[1]。父は呉匡。

生涯[編集]

兗州陳留郡の出身[1]。呉懿の族弟で、呉懿と共に劉焉に従って益州に入った[1]。劉備の時代には領軍となり、222年の夷陵の戦いでは呉の武将の李異と劉阿を破った[1]。

223年に劉備が崩御すると劉禅に仕えて驃騎将軍・仮節に昇進する[1]。諸葛亮の北伐にも従い、魏延や高翔と協力して魏の司馬懿・張郃を破った[1]。

『三国志演義』では劉備の入蜀から登場。夷陵や北伐にも参加して活躍する。234年の諸葛亮による最後の北伐の際、魏の張虎や楽綝によって射殺された。

脚注[編集]

  1. ↑ a b c d e f 小出『三国志武将事典』P157

参考文献[編集]