加藤和宏 (JRA)

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加藤 和宏
基本情報
国籍 日本
出身地 北海道夕張市
生年月日 1956年3月4日(70歳)
血液型 A型
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 中山→美浦TC・二本柳俊夫
初免許年 1975年
免許区分 平地
騎手引退日 2005年2月28日
重賞勝利 32勝
G1級勝利 7勝

加藤 和宏(かとう かずひろ、1956年3月4日 - ) は日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンター所属の元騎手・調教師である。同姓同名の加藤和宏が金沢競馬場におり、そちらも元騎手の調教師である。

来歴[編集]

夕張市で生まれるが、小学2年生の時に一家揃って浦河町へと移住。中学3年生の時に近所の牧場が騎手候補生を探していた二本柳俊夫に加藤を紹介し、騎手への道を歩むこととなる。1972年(昭和47年)に馬事公苑騎手養成長期課程へ入所した。同期生に池添兼雄、根本康広などがいる。

1975年(昭和50年)にデビュー。2年目から勝利数を徐々に伸ばし始め、1980年(昭和55年)にホウヨウボーイで日経賞を制し、重賞初勝利を達成。同年末には有馬記念も制し、八大競走初制覇も達成した。
1985年(昭和60年)には様々な紆余曲折があったが、シリウスシンボリで日本ダービーを制し、ダービージョッキーとなる。

1989年に二本柳厩舎を離れてフリー騎手となり、年間30勝前後を挙げるが2000年代以降は成績が下降線を辿り、2005年(平成17年)に調教師免許を取得して騎手を引退した。通算成績6536戦610勝。

調教師としては2005年3月28日に初出走し、10月29日に初勝利。重賞初勝利は2012年(平成24年)3月3日のチューリップ賞でハナズゴールが達成した。ハナズゴールは馬主の希望でオーストラリアへと遠征し、遠征3戦目となるオールドエイジステークスに勝利。G1初制覇と国外競走初勝利を同時に達成した。

JRAでは調教師の定年制度を定めており、2027年(令和9年)2月末に加藤は定年を迎えることとなる。
定年まで数年となった2020年代なかば頃から厩舎公式SNSアカウントを開設し、サイン入りゼッケンなどのプレゼント企画を行っている他、裏話等を披露している。

親族[編集]

元騎手で調教師の加藤士津八は息子。

注[編集]