三体III 死神永生
| 三体III 死神永生 | |
|---|---|
| 著者 | 劉慈欣 |
| 訳者 | 大森望、ワン・チャイ、光吉さくら、泊功 |
| 発行日 |
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| 発行元 |
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| ジャンル | SF小説 |
| 国 |
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| 言語 | 中国語(簡体字) |
| 形態 | 単行本 |
| ページ数 |
513(簡体字版) 432(日本語版・上巻) 448(日本語版・下巻) |
| 前作 | 三体II 黒暗森林 |
| コード |
ISBN 978-7229030933(簡体字版) ISBN 978-4152100207(日本語版・上巻) ISBN 978-4152100214(日本語版・下巻) |
『三体III 死神永生』(さんたい さん ししんえいせい、テンプレート:Lang-zh-cn)は、劉慈欣による中国のSF小説。地球往事三部作の第三部であり、2010年11月に重慶出版社より出版された。
あらすじ [編集]
★危機紀元1年~抑止紀元終了後2年(西暦2272年)まで
終わりのない宴はない。 あらゆるものに、必ず終わりがある。
この教訓がローマ帝国終焉という形で歴史に示されてから数百年後、人類は初となる異星文明侵略の脅威に対峙していた。 敵は地球から4.3光年先から来る三体星人の宇宙艦隊。 この戦争の切り札となるは、国連主導で為される面壁計画。(ウォールフェイサー・プロジェクト) しかし、これの背後で更なる極秘計画が進められていた。
階梯計画(ラダー・プロジェクト)と名打てられたそれは、何と地球に向かっている三体艦隊に人類側のスパイを送り込むことだった。 この仰天計画の要になるのは、若き中国人女性科学者・程心。(チェンシン) 彼女は核を使った奇想天外な推進力で、宇宙船を光速の1%に到達させて三体艦隊に送り込もうとしていた。
それの搭乗人員に選ばれたのが、彼女の大学時代の同級生・雲天明。(ユン ティエン ミン) 程心に淡い恋心を抱いていた天明は、この話を二つ返事で承諾した。
それが人の肉体を手放すに等しい任務でも、癌で余命の知れた彼に愛した人の言葉は別の世界への扉だった。 また天明は、ひょんなことから舞い込んできた大金で恒星まるごと一つを程心にプレゼントしていた。 しかし、それが自分からのものと天明は程心に知らせておらず、彼女が事実を知ったのは天明に出発前最後の手術が施された後だった…。
こうして「天明を積んだ」シャトルは飛び立ち、ほどなく程心も冷凍睡眠に入った。 天明のシャトルが光速の1%で進むとして、彼が三体艦隊と邂逅するのは出発から2~3世紀後の見込み。 その時、計画推進のリーダーとなる為に程心は冬眠したのだった。
そして、彼女が目覚めたのは抑止紀元61年(西暦2268年)、眠りに入ってから264年後だった。
だが、「起こされた」理由は階梯計画とは何の関係もないものだった。
悲惨なことに、天明のシャトルは些細なトラブルからコースを逸れてしまっていた。
無論それが三体艦隊と接触したなどという記録は無いし、階梯計画も誰から関心も示されない有様。
しかし、宇宙の虚無に消えた天明は程心に本物の世界を残していた。 例のプレゼントの星:DX3906。 この恒星には、地球とよく似た惑星が周回していると確認されていたのだった。
発見者は艾AA(アイ エイ エイ)という大学院生。
彼女は、独自の観測方法でDX3906恒星系を隈なく調べていた。 こうして俄然注目を浴びるようになったDX3906だから、それの所有者が放っておかれる筈がない。 程心は、国連や太陽系艦隊と交渉しなければならなかった。 彼らがDX3906を買い戻したがっていたからだが、理系では才媛でも商人には向かない程心のカバーを此処で買って出たのも艾AA。 彼女はDX3906の運用会社を設立して話を纏め上げたのだ。 以後、程心とAAは、古代中国の主(シュ)と客(カク)のように二人で生きる道を行くことになる。
その後、程心は執剣者(ソードホルダー)という呼称を知ることになる。
執剣者。
それは面壁計画遂行に選ばれた4人の面壁者(ウォールフェイサー)中、最後の生き残り羅輯(ルオ ジー:三体Ⅱ黒暗森林の主人公)が放った暗黒森林抑止(水爆の連続爆破で、海王星公転軌道上に撒かれた油膜雲に太陽光を断続的に反射させる。そうすることで符号化された三体星系と太陽系の座標を全宇宙に暴露。自分が死ねばそうなると、羅輯は自らの頭部に拳銃を突き付けて三体文明を威嚇した)以降、今日までの安定を保って来た。 暗黒森林抑止を境に、三体文明と地球人類は共存の道を歩み始め、それは科学技術分野から政治思想、文化・芸術に至るまでのあらゆる方面で意見交換が為された。 このまま行けば、二つの違った星に栄えた者同士が手を取り合って生きていける。
人類は本当に独りではなかったのだ…。 少なくとも庶民レベルの地球人なら、そう考えたくなる世情。 更にこの時代、西暦人(冷凍睡眠で西暦の過去から来た人)ではない男は容姿・志向共に実際の女と見分けが付かないほど疑女性化していて、戦争という概念も無いに等しかった。
しかし、そんな平和を、剣先の僅かな点で支える者が地下深くに鎮座していた。 それが執剣者。 彼は手に持つ剣のようなセンサーで、いつでも海王星公転軌道上に仕掛けられた多数の水爆を発破できる立場にあった。
もし三体側が妙な行動に出れば、彼は立ちどころに「剣を振るって」御簾に隠された二つの恒星系を全宇宙に曝すだろう。 彼なら、やりかねない。 三体側にそう思わせるだけの実績を、彼は確かに示していた。 彼が剣を握っている限り、三体文明は手も足も出ない。 これが現状の真実だった。 そして、この脆弱な平和を保つダモクレスの剣を吊るす細い糸。
これを担う現執剣者が他でもない、羅輯その人だった。 しかし、彼は既に101歳。 誰が見ても後継者が必要だった。 彼が死ねば、その脈の停止で抑止信号が送られなくなるのだ。 そうなったら水爆が…。
ここで世論は、程心を2代目執剣者に推薦する空気になっていた。 最初戸惑った程心だったが、人々が自分に望むものの何たるか、いま友好的である三体文明との共存に自分が必要とされているとの自覚が芽生えて来た彼女は、自分の為に宇宙の暗闇に消えた天明への想いも手伝って、実年齢29歳の女性の我が身を人類平和に捧げる覚悟を決めたのだった。 その時代、智子(ソフォン)を介して地球人に三体文明の意志を伝えるAIがあった。
名は智子(ともこ)
日本人女性を象った容姿のアンドロイドで、全身の動き、会話の口調から喜怒哀楽表現まで、本物の人間と変わらないものであった。 その智子との茶の湯会談も、程心が執剣者に立候補するに大きく意志を動かした。 しかし、ここで大きく邪魔を入れたのがトーマス・ウェイドという男。 階梯計画の総責任者、つまり程心が冷凍睡眠に入る前の上司である。 同じく冷凍睡眠でこの時代まで来ていた彼は、程心の性格では執剣者は全う出来ないと踏んで自分が執剣者になろうと目論んだ。 その為に程心を射殺しようとまでしたが、間一髪でAAが現れて一命を取り留めることが出来た。
そんな波乱を経て数名他の候補者が現れたものの、2代目執剣者は正式に程心と決まった。 抑止紀元62年11月28日、抑止制御センター(正式名称:重力波宇宙送信システム制御ステーション・ゼロ)でいよいよ程心は羅輯に会い、執剣者のシンボルであるスイッチを受け取った。 全ての権限が委譲された時、それは紳士の顔を捨てたドラキュラが牙を剥いて襲い掛かって来た瞬間になった。 地球から2,000万㎞以内に潜んでいた6機の「水滴」が、一斉に地球に突撃し始めたのだ!!
到達まで10分。
ここで羅輯なら剣を振るっていたところが、程心には出来ない。 そう確信していた三体星人が裏切ったのだ。 全てはウェイドの危惧した通りになった。 「水滴」は海王星に向けた重力波送信アンテナ全てを破壊して、暗黒森林抑止を完全に無効化した。 地球は三体文明の手に落ちた。
以後、三体文明が地球に施したのは占領政策などという「人道に叶った」ものでも、自然淘汰などの試練とも言えない想像を絶するものだった。 彼らは一部の宇宙移民を除いて、地表に暮らす地球人全てをオーストラリア大陸に強制移住させたのだった。 五大陸中最も狭いスペースへのこんな強硬策〈大移住〉のお蔭で、過密による環境悪化、暴動の頻発による病死者、餓死者、事故死者数が爆発的に増えていった。 中でも食料事情は最悪であり、オーストラリア大陸の人口が42億に達した時点で備蓄されている食料では1ヶ月しか持たない…。 そんな地球人側の主張に応えた三体の意思を反映する存在・智子(ともこ)の言葉は、墓に生き埋めにされた者へのものだった。
「みなさん、まわりを見てください。まわりじゅうに食料があるじゃないですか。生きている食料が。」
もはや共食い必至のジェノサイドの始まりが自分のせいとわかったつもりでも、程心は闇に埋もれていく意識を自然に任せるしか出来なかった。
そんな災厄から地球時間で遡ること1年前。
終末決戦(木星空域で全地球艦隊が「水滴」1機に全滅させられた事件)をただ1隻生き残った恒星級戦艦〈藍色空間〉(落ち延びた艦は他に3隻あったが、逃亡途中の内ゲバへの対処で〈藍色空間〉だけが生存した。また他方向に行った戦艦〈青銅時代〉は僚艦を生贄にした後、三体側に唆された太陽系艦隊の騙し討ちにあって処刑された。いずれの出来事も羅輯が唱えた宇宙社会学:猜疑連鎖の実証になった)を、恒星間宇宙船〈万有引力〉が追っていた。 この2隻は「オールトの雲」の外宇宙で邂逅した。 〈藍色空間〉は〈青銅時代〉の時のような罠には嵌らず逃亡を続けたが、これは地球・三体両文明には明らかな危険の種子だ。 彼らが知る二つの恒星系座標を、いつ他文明に撒かれるかわからない。そうなる前に始末しなければならないとして、〈万有引力〉が派遣されたのだ。
〈万有引力〉には2機の「強い相互作用宇宙探査機」(「水滴」の正式名称:これは「強い相互作用」で原子と原子を極限にまで結合させて作った三体文明の体当たり兵器。これの貫通を防げる盾になる物質はない)が護衛という名目で同行した。 航続距離1.5光年、実に50年掛けての追跡劇だったが、ここでも三体文明は裏切った。 皮肉なことに終末決戦以降の地球との交流が、彼らに嘘と欺瞞を学ばせてしまっていた。 暗黒森林抑止を無効化した時同様2機の「水滴」は、各々〈藍色空間〉と〈万有引力〉に襲い掛かったのである。
もはや為す術なし。
〈万有引力〉の観測研究員・関一帆(グアン イー ファン)ほか誰もがそう覚悟した30秒後、信じられないことが起こった。 「水滴」が攻撃をやめたのである。 そして、何処から来たのか〈藍色空間〉の戦闘員が乱入して〈万有引力〉は制圧された。
あるいは宇宙物理の気紛れでローマ帝国の終焉が少しだけ遅延していたかも知れない力を、〈藍色空間〉は手に入れていた。 彼らは、その力・四次元への入り口とも言えるそれで「水滴」を攻撃・無力化した後、〈万有引力〉のクルー全員を自艦に招き入れてある重大な決議を迫った。 〈万有引力〉が備えているアンテナを使っての重力波送信、即ち暗黒森林抑止の実行。
これを地球の執剣者に代わって行使するというものだった。
〈藍色空間〉の艦長・褚岩(チュー イェン)は、ここまでの出来事とあらゆるデータから、いま地球で起こっていることの全てを読んでいた。 もはや人類は滅びるだけ。 そして〈万有引力〉のアンテナも劣化が始まっている。 重力波送信するなら今しかない!! これの賛否を国民投票で決めた彼らは、重力波送信システムを起動。 地球と三体星系の座標は、全宇宙に曝された。
それから1年後の地球で目を覚ました程心は、全てが元に戻ろうとしていることに驚愕した。
三体文明は地球からの撤退を決め、数ヶ月後には到達する筈だった彼らの第二次艦隊も方向転換したのだった。
勿論、オーストラリアに押し込まれていた人民もアジアなり北米なりの我が家に帰ろうとしていたし、程心の周りも安堵の空気になっていた。
全ては〈藍色空間〉と〈万有引力〉が放った重力波送信によるもの、その電波が1年掛かりで地球に齎されたのだった。
1年、ちょうど自分が羅輯から執剣者の権限を譲渡されたあの時…。 程心は大地に座ったまま、何も考えられずにいた。
暗黒森林抑止実行後、〈藍色空間〉と〈万有引力〉はオールトの雲の外宇宙で自らが手に入れた四次元の力の研究に入った。
関一帆いわく
「三次元世界という160億光年ある薄い紙に、一つだけポッと浮かんでいる小さなシャボン玉」
と表現された異空間。
その「シャボン玉」の中に天体望遠鏡を送り込んで観測したところ、その元はリング状の巨大な建造物であることが判明!
魔法の指輪(マジック・リング)と名付けられたこれの発見は、地球文明でも三体文明でもない第三勢力、それも次元の異なる世界に関わる文明の存在を意味するものでもあり、俄然興味を惹かれた関は自らが「シャボン玉」の中に入って直接観測することを提案。 艦長・褚岩は当初この提案を渋ったものの、関の情熱に絆されて安全第一を厳重勧告の上で許可。 関ら観測班クルーは魔法の指輪を間近にした上、地球上言語での交信にも成功。 そして魔法の指輪は、謎の言葉を残して沈黙した。
我是墓地(私は墓だ) 海が干上がったら魚は潮だまりに集まる。 潮だまりも干上がったら魚はすべて消え失せる。 海を干上がらせた魚は海が干上がる前に陸に上がった。 ひとつの暗黒森林から別の暗黒森林に移動した。
この成果を持って帰艦した関は、この宇宙には異なる文明が多数あることを確信し、報告を受けた艦長も同感していた。 しかし、それでも故郷・地球への念を絶てられない者もおり、そうした者たちの為に新造船を拵えて、それに乗る帰還組は太陽系に向けて35年の航海に出た。 そして、〈藍色空間〉と〈万有引力〉は地球文明が残した二粒の種となって宇宙の深淵へと旅立っていった。
★送信紀元7年(西暦2278年)~
オーストラリアでの事変から6年の間、程心は失明の回復の為に冬眠していた。 そして目を覚まし、手術も成功した彼女が見たものはすっかり変わった世界だった。 三体文明が撤退して以前にも増す勢いで発展していく都市やインフラ。 人類の新たな敵とまで罵られた〈藍色空間〉と〈万有引力〉が英雄視される世界。 こうした世情に敏感なAAの経営手腕で、程心の会社も低軌道建設業界の巨大企業に膨れ上がっていた。
しかし、同時に新たな火種も燻り始めていた。
此処まで人類をギリギリ守って来た暗黒森林理論そのものへの懐疑論が出て来たのだ。(つまり暗黒森林理論は、宇宙的な被害妄想に過ぎないというもの) しかし、それは程心が目覚めて間もなく起こった、ある星の消滅によって一掃された。 だれが、三体星系を消し去ったのか? この犯人を特定する技術は地球人類にはない。
だが研究は当然の如く進められ結果、暗黒森林理論の始まりとなった星系187J3X1破壊時に観測された光粒(フォトイド)と全く同じものが原因であると判明。 しかも、これを何処かの惑星から放ったと仮定した場合、該当する星がない。 つまり、光粒は三体文明すら凌ぐ第三勢力が、自前の宇宙船から放った…、という答えに行き着く。 その科学技術力は、既に太陽系内に攻撃用の宇宙船を送り込んでいるかも知れない…。
再び、冷たい恐怖が人々を苛む時代に入ろうとしていたある日、程心は智子に二回の会談に招かれた。 今回のそれには他にも客がいた。 羅輯である。 1回目の三者(正確には、智子は生き残った三体世界首脳陣の意志を遠隔受信して話すAI)会談は、羅輯の質問に対する智子の応え、「はい」の返答で納まった。
「三体世界が危険だという印が見えたのだとすれば、逆の印を見せるのは可能だろうか?」
地球文明は安全で、宇宙の如何なる文明にも脅威とはなり得ない。 このようなメッセージになる安全装置を示すことは可能なのか?というのが羅輯の質問だった。 しかし「はい」と答えたものの、智子はその具体的方法までは教えてくれなかった。 それがこの期に及んで勿体ぶってのものなのか、本当に知らないのかと詮索している場合でもない地球人類は、早速安全装置となり得る案を募った。
しかし、科学界から各派宗教まで全地球規模で議論と妙案が放り上げられながらも、結局どれも核心には至れない地球人類の幼稚さ、気紛れの程が智子の目に映えただけの体になった。
程心にとって重要だったのは、2回目の会談の方だったろう。 それは、智子が地球文明から去るに当たっての別れの挨拶であり、三体世界からの最後の言付けが目的だった。
「雲天明が貴女に会いたいそうです」
会談から数日後、程心は軌道エレベーターを使って地上3万4千キロ上空にある宇宙ステーションから小型宇宙艇を発進させていた。 目的空域はラグランジュ点(地球と太陽の引力の平衡ポイント)
天明が会談に指定した場所だった。 そこで宇宙船の前面展望を開放して待つ程心。 数分後、彼女のすぐ先で1個の智子(ソフォン)が低次元展開して宇宙船と同じ大きさになった。 それの前面がモニターになって、雲天明の姿を映した。 宇宙に出でた複数の文明を左右する懇談が始まった。
★送信紀元7年(西暦2278年)
程心(チェンシン)は雲天明(ユン・ティエンミン)との会談に際して、智子(ともこ)から厳重注意事項を聞かされていた。即ち、 ①本会談は程心と雲天明の二人だけで為され、第三者の介在は許されない。 ②会話の内容は二人に関わる事項のみに終始し、三体も含めた政治的な話題は禁止。 ③当然、どのような形でも会談議事録になるものは残してはならない。
これが破られたと判断した場合、三体文明は程心の搭乗シャトルを智子(ソフォン)の遠隔操作によって爆破するという条件での会談だった。
言葉次第で自分ばかりか天明の身の安全まで脅かされるのは明白だったが、彼は学生の頃の思い出としてある御伽噺を程心に語った。 これが天明なりの極秘情報の伝達であると彼女は直ぐに理解した。 そのような御伽噺を学生の時分、程心は天明から聞いてなどいなかった。
昔むかし、あるところに「物語のない王国」という国がありました…。
この定番のような文言から始まる天明の創作は、次のような概要だった。
★雲天明の御伽噺
キーマンとなるのは「物語のない王国」の第一王子と第二王子、その妹になる主人公格の第一王女の三兄妹。 聡明だった第一王子は子供の頃に海に出向いたまま行方が知れず、王室にいる第二王子は好戦的にして残酷な性格、王女は美しく心の優しいプリンセスだった。 現王は後継者を決める年齢に達していたものの、とても第二王子への王位継承は出来ないと判断。 自らの60歳の誕生日に末娘の女王即位を全国民に宣言した。 しかし、これを野心旺盛な第二王子が受け入れる筈もなく、彼は父の誕生パーティーに連れて来た絵師の妖術で、妃ともども一枚の絵にされてしまった。
三次元世界の人間が、二次元に落とされてしまったのである。
もちろん彼は妹も同じく絵にして、王位を簒奪する計略でいた。 しかし、この危機を察した者がいた。 例の妖術絵師の老師であった。 彼は弟子の裏切りで道具の一切を奪われたばかりか、既に自身が絵にされてしまっている有様。 しかし、本人は絵の妖力を一時的に遮断する魔法の傘をさして、まだ三次元世界に踏み止まっているのだった。 しかし、その力も長続きはしない。 老師は、尋常ならざる危機が王女の身に迫っていると直談判しに来たのだった。
居合わせた侍女と近衛隊長は、王女を連れて城を脱出。 老師はすぐに完成するであろう妖術の絵を慮って、王女に傘を渡して自らは消失した。 そして絵師は、王女の絵を夜明け前に描き上げた。
何事もない平和な日常、父も母も、良くしてくれた家臣たち。 その全てが一夜にして消え去ったという信じられない悲劇に、王女の心は打ちひしがれていた。 しかし、侍女と近衛隊長に励まされた王女は、亡くなった人々の無念を晴らす為に兄と闘うことを決意した。 そのキーポイントになるのが第一王子の存在だとも、老師が消える前に聞かされていた。
王女らは第一王子が消えたとされる孤島に渡る為に、到達した海辺から船を出そうとしていたが、これは更なる危険への船出だった。 なぜなら王国近海にはサメのような人食い魚が跋扈していて、王女たちが見つけた小舟では一溜りもなく沈められてしまう。 それでも他に手はないと船を出すべし、と主張する王女。 あまりに危険と諫める侍女と近衛隊長だったが、三人は海で不可解な現象を見た。
侍女が王女の入浴用に用意していた石鹸、ホーアルシンゲンモスケン産の石鹸を入れていた桶が波で流され、それで漏れた海面上の泡に人食い魚が何匹も脱力状態になっていたのだ。 この泡の特性を利用して第一王子のいる島まで難を避けようという話になった。 櫂は近衛隊長が漕ぎ、王女を乗せた小舟は航跡に石鹸の泡を沸き立たせながら、かなりの速度で島に近づいた。
そこでも王女たちは奇妙な光景を見た。 島に第一王子が立っているのだ。 かなりのサイズの巨人の身体で。 何故、兄があんな巨人に?と訝しる王女の眼前で、兄は船が島に近づくにつれて小さくなっていき、到着した頃には普通の人と同じ身長になっていた。
再会を喜ぶ兄と妹。
しかし、もう一人の兄が何をし、そのお蔭で国が今どうなっていて、このことをお兄様に知らせに来るまでにどうしていたのか、自分のことも身の回りの人たちのことも事細かに語った王女は涙に暮れていた。 一通り話を聞いた第一王子は、簡単な一言で応えた。
「帰ろう」
ホーアルシンゲンモスケン産石鹸の泡の効能はまだ続いていて、そのお蔭で第一王子一行を乗せた船は事も無げに対岸に着いた。 しかし、そこに待っていたのは第二王子が遣わした騎馬部隊。 その将校に、自分が弟と決着をつけると言い切って部隊ごと抱き込んだ第一王子は王宮へと向かう。 だが、その報を聞いた第二王子は絵師を遣わして第一王子を亡き者にしようとしたが、果たせなかった。 理由は絵師が学んだのは遠近法を主眼とする西洋画のみで、見る場所によって身体が大きくも小さくもなる第一王子を絵にすることは不可能。 もはや直接対決あるのみと観念した第二王子は、王宮の外で久々に見る兄と相対。
軍配は第一王子に上がって、ここに新たな王が誕生した。
そして近衛隊長は、絵師を追って彼の画室に踏み込んだものの、そこに絵師の姿はなかった。 代わりのように佇んでいた一枚の絵。 それが絵師本人を写したものとあらば、近衛隊長に全てを悟らすに余りあるものであった。 ここで隊長は最も重要な使命である王女の絵を焼く作業をし、それが燃え尽きると同時に入ってきた王女に、国外への旅の同行を命じられた。
最初戸惑った隊長だったが、王位はやはり兄が継ぐべきと判断したのと、自分は国の外をもっとよく知りたいとの情熱に突き動かされて、もはやこれは止めようがないと悟った近衛隊長は、この申し出を快諾。
多くの人に見送られながら出航した二人の船は、その後、間もなく人食い魚の群れで外界から取り残されることになる王国の中で、永遠の夢と希望のように語られていった…。
文芸有識者チームからして「極めて優秀」と唸らせた雲天明のおとぎ話。
それを隠れ蓑にしている筈の真のメッセージは何処にあるのか?
さっそくIDC(情報解読委員会)を中心とする世界の頭脳たちが謎解きに挑むも、手掛かりすら掴めないまま時間ばかりが過ぎてしまう。
そして、いつしか人類の未来という旗の下に集った筈の智恵の集まりは、己が知恵ゆえの個々の自己主張でいつ空中分解してもおかしくない状態に陥ってしまう。 これを傍目で見るように人々には、より現実的・具体性に富んだ政策と見える掩体計画(バンカー・プロジェクト)へとシフトしていった。
掩体計画。
これは三体星系を滅ぼした第三勢力が太陽系にその牙を向けた場合、彼らからの攻撃を回避するのは不可能という現実を受け止めて尚生き伸びる道を選んだ場合の道標と言えた。 まず、暗黒森林攻撃の光粒(フェトイド)が太陽に命中すれば、火星より内側の惑星はほぼ全焼状態。 生命維持は不可能になった母なる星に変わって、数十基になるスペース・コロニーが人々の新たなフロンティアになる。
これを木星や土星の裏に建造して、破壊された際に拡散する太陽物質からコロニーを守ろうというのが、掩体計画の骨子だった。 太陽系で最も大きい二つの惑星、更には天王星と海王星が掩体になって地球人類を守るのだ。
一方、艾AAと程心は天明のおとぎ話に出て来る例の絵師が使う画用紙・雪浪紙や、海の怪魚から姫一行を守った泡の元・ホーアルシンゲンモスケン産の石鹸などの複数アイテムの関わりが、曲率推進のメタファーであることを看破した。
曲率推進、即ち光速移動の架け橋になる空間曲率ドライブに至る理論。
三体第二艦隊はこの技術で光速航行に入ったのだが、
地球人類も同じ性能の宇宙船を建造して太陽系外に脱出せよ!!
雲天明は、そう言いたかったとの答えに行き着いた。 更にホーアルシンゲンモスケンと言う奇妙な地名が、ノルウェーにあるヘールゼッケン山とモスケン島から来ているとも判明し、現地に行った程心たちは、そこの名物・大渦潮での体験からブラックホールと光の関係に着目。 そして、光の速さを第三宇宙速度である秒速16.7㎞(この速度に満たない物体は太陽系を脱出できない。2012年にそれを成したボイジャー1号は秒速17㎞で宇宙空間を進んでいる)に落とせば、光は太陽系の外には出られなくなって、太陽系自体が低重力ブラックホールと言える状態になる。 観測している外宇宙の文明からは
「侵略の意思を持たない、安心できる文明」
との評価を得る。 「人食い魚の群れで外界から取り残されることになる王国」 という雲天明のおとぎ話の終章で語られた通りになって、安全は保障された状態にはなる。 確かに安全保障として万全には見えるが…。
いずれにしても、此処で地球文明生存の為の三つの道が決まった。
1、掩体計画 木星等の大型惑星を太陽障害からの掩体にして、人々はスペース・コロニーで暮らす。 成功の確率は一番高い。
2、暗黒領域計画 太陽系そのものを低重力ブラックホールにすれば、全宇宙への安全信号になると同時に外からの光粒攻撃も無効化できる。但し技術的難易度は極めて高い上、光速が16.7㎞になることで生命体の情報伝達速度が極端に下がって文明は退化に向かうであろう。
3、光速宇宙船プロジェクト 技術的難易度は暗黒領域計画より更に高く政治的な問題も無視できない。実現の可能性は極めて低い。しかし、生存戦略だけではない理由から光速船に魅せられる人間は地球各所に散見された。
★送信紀元8年(西暦2279年)
程心と艾AAの会社は表向き掩体計画の協力企業でいるものの、二人の女史が真に為したいのは光速宇宙船開発の方だった。 しかし、ここで大きな邪魔が入ってしまう。 発端は太陽系早期警戒システム(35機のユニットから成る、光粒放射線の観測ステーション)の1号機が、宇宙に浮かぶ奇妙なシャボン玉(一つの恒星系がすっぽり入る大きさ)を見つけたことにあった。
数は二つ。
そして程なく、それは三体第二艦隊が空間曲率ドライブに入った際の航跡であると判明した。 もし、同じものが太陽系に出来てしまえば、立ちどころに暗黒森林攻撃の的になってしまう。
シャボン玉の内一つは三体星系跡にあった。
光速航行が可能とする高度文明存在の証が、第三勢力に光粒の引き金を引かせたのだ。 もし、地球での光速船開発を潜りで進めている者がいたら、彼らはその実験で空間曲率ドライブの航跡を太陽系に拡散してしまうかも知れない。 このように恐れた1号機作業員たちは、警報レベルの報告を艦隊参謀本部に送ったのだが、これが大混乱を誘った。
情報が一人歩きして光粒攻撃、即ち暗黒森林攻撃が実行されたという話にすり替わってしまったのである。 それで各宇宙港に自家用シャトルを置くセレブたちが、庶民を見捨てて飛び立つ醜悪が全地球規模で展開され、やっと誤報との公式発表が為された時には混乱による死体でどの都市も地獄絵図のようになっていた。
この史上稀に見る狂騒曲が示した人類の足並みの悪さに、更なる拍車を掛ける事態が起こった。 それをセレブたちが持つことで人々の生死までが不平等化する社会悪を許さぬ!!とのスローガンから、光速宇宙船に関わる一切の研究・開発が凍結されてしまったのである。
こうして人々の関心はいよいよ掩体計画の方へと傾いていったが、程心もAAも光速船開発を諦めはしなかった。 そこへ、またしてもあのトーマス・ウェイドがやって来た。
「俺によこせ。お前が持つもの全て。」
程心の持つ会社の権限から何もかも全てを任せれば、光速宇宙船を完成させてみせる。 そう言い放った彼の言葉を程心は“条件付き”で承諾。 十日後、トーマス・ウェイドは程心の会社のCEOになり、彼女自身はAAと再び冬眠に入った。
★掩体紀元11年(西暦2343年)
程心冬眠から六十二年後。 そこは掩体計画の施行で木星・土星・天王星・海王星の裏側に計三十八基のスペース・コロニーが文明の中心になる世界だった。 元より宇宙艦隊は三体世界との対決の為に用意された武装であり、しかし、戦う敵がいなくなった今となってはその存在意義は薄れ、大半の戦艦が民間に払い下げられてコロニー・ネットワークの貨物船に使われているような有り様だった。
また地球本土も宇宙に出ていく人々にはもはや過去の遺跡であり、暗黒森林攻撃による死を恐れない、生まれ育った大地と共に果てる覚悟の少数民しか住まない土地になっていた。 程心が目覚めたのは、アジアⅠと呼ばれるスペース・コロニー。 木星裏側に浮遊する宇宙都市群の一基だったが、彼女が“起こされる”のには、いつも理由がある時。
そう。
あの時トーマス・ウェイドに“条件付き”で約束させた内容は、彼の行動が人類を危険に晒す可能性が出てきたら自分を冬眠から起こせ、というもの。 つまり、いま人類は危険に晒されていて、ウェイドはそれを知らせる約束を守ったということだ。 彼は、星還シティと呼ばれるスペース・コロニーを根城に、太陽系連邦政府と摩擦を起こしていた。
ウェイドと対峙した程心は、彼がこの六十年の間に引き継がせた会社を掩体計画の基盤企業に伸し上げたこと、その利益で光速宇宙船完成まで数十年のところまで持ってきたことを聞き、更にその先の未来像まで聞いて、こう要求した。
「すぐに戦争の準備を中止して、すべての抵抗をやめて。」
ウェイドは髪の毛ほどの質量の物体なら、曲率ドライブ可能なテクノロジーを開発できていた。 しかし、それを光速に到達させるだけでスペース・コロニーまるごと一基が破壊される程のエネルギーを生み出してしまう。 そこで例の航跡が出ても問題のないような空間での実験が必要。 その為の宙域を確保したい目論見で政府と交渉したところが、やはり受け入れられなかった故の蜂起だった。
ウェイドは、その為の武装兵団も用意していた。 彼らが携える超電導容器弾には反物質が仕込まれており、それ一発でコロニー1基、艦隊1旅団を壊滅させられる破壊力を持っていた。 全ては、やがて太陽系の外に出たがる筈の人類の未来を慮っての行動…、と程心が受け取るにウェイドのやり口は過激に過ぎていた。 しかし、ウェイドは程心のこの申し出を受け入れて武装を解除。 彼も兵士たちも投降して、ウェイド自身は刑場でその生を終えた。
その後、程心は一旦“起こした”AAと一緒に地球各所を旅行した後に、二百年の冬眠に入った。 いずれ太陽は暗黒森林攻撃によって渦巻銀河になる。 そうなった時代の人々がどう生きているのか見たくなったのだった。
★掩体紀元68年(西暦2400年)
天の川銀河オリオン腕の一角に、“こちらの言葉なら”歌い手という意味・発音の者がいた。 歌い手にとって宇宙の数ある文明は低エントロピー体と呼ばれる者たちで、あまり知的とは言えないものの、たまに放置しておくと危ない存在に跳ね上がる者たちがいる。 そういう時は対象の星系に“質量点”を飛ばして恒星を破壊してしまう。 この行為を歌い手は“浄め”と表現していた。 そんな歌い手が太陽系に目を付けた。 歌い手に太陽系と三体星系は、距離も技術レベルも至極近い隣同士の家のように映った。 うち三体星系の方は、三つある恒星の一つが既に浄められている。
これを“墓”と呼ばれるデータベース(〈藍色空間〉と〈万有引力〉が遭遇した魔法の指輪)に保管してから歌い手は考えた。
なぜ太陽弾き(歌い手による太陽系地球人類の表現。葉文潔が太陽に向けて電波送信した記録から、こう名付けた)の方は健在なのか? ほどなく、それは浄めた者の見落としであると歌い手は判断。 此処までの様子からして、太陽弾きはいずれ今の恒星重力圏を出て他文明への侵略を始めると見込まれる。 そうでないなら太陽系を低重力ブラックホール化して、自らの存在の安全性を示しそうなところだが、彼らはそうはしていない。 危険と見た歌い手は太陽系の“浄め”を決定したが、この星系で質量点を使っても木星や土星が隠れ者になる。
従って、歌い手は違う方法を考えた。 一枚の薄い紙を太陽系に放ったのだ。 彼らはそれを“双対箔”と呼んでいた。
その“双対箔”に人類で最初に接近したのは、二隻の重力波観測船〈啓示〉と〈アラスカ〉のクルーだった。
この数日前、太陽系人類は光速近くで移動する物体(他でもない歌い手の宇宙船)を観測していたが、それは気紛れのように去った代わりに何かの置き土産を残していった。
その探査の為に二隻の地球の観測船が派遣されたのだが、発見した実物はあまりに呆気ない代物だった。 普通のメモ用紙程度の大きさしかない“薄い紙”にしか見えない。(発見したクルーたちは「長方形膜状物体」と呼んだ) 膨大な重力波を放っていたことから、当初この物体は木星の衛星エウロパ級の宇宙大要塞などと考える者もいた。
しかし、実態は一目瞭然。
科学者たちは大きく安堵したが、人類代表のエリートである筈の彼らは、程なく今まで何を勉強してきたのか?と猛省することになる。 “双対箔”が、その本性を現したのだ。 浴槽の底にある栓を抜けば溜まっていたお湯が下に落ちるが如く、三次元の高所から二次元の底沼にあらゆる物体を引きずり込んで閉じ込めてしまう次元兵器。
それが“双対箔”の正体だった。
吸引された三次元世界のものは、人や船どころか天体や空間すらも二次平面に熨されてしまう。 そう。 雲天明のおとぎ話で唯一解読されなかったメタファー「絵」の意味は此処にあった。 あれは次元兵器“双対箔”とそれを操る歌い手文明の魔の手から逃れる為にも、 光速宇宙船を作って人類の一部でも太陽系外に出よ!!と言いたかった。 その上で太陽系を低重力ブラックホール化して、歌い手のような高等文明への安全通知を示せ!! そんなメッセージまで込められていたのだ。 しかし、人類はそのどちらもしなかった。
生存の障害となるのは弱さや無知ではない。 傲慢こそが生存の障害となる。
実際、現場にいた筆頭技術官の白Ice(バイ アイス)は船を吸い込む“潮流”から逃れる為の脱出速度を導き出していた。 彼は固唾を飲んで答えを待つクルーたちにこう言った。
「光速です。」
そうして〈啓示〉と〈アラスカ〉の二次元化に始まる壮大な絵画「絶滅」という題名の絵は、無慈悲かつ太陽系・三体どちらもこの大宇宙では文明のうちには入らないと示す圧倒的な技術力で太陽圏に広がり、カイパーベルト内の宇宙空間はものの十日で一枚の巨大な絵と化した。 もちろん、そこには人を含めたあらゆる生命体から天体、エネルギー粒子の全てが二次元平面の中にあった。 しかし、そこから唯一脱出したものがあった。
宇宙船〈星環〉。
これは二人の搭乗者・程心もAAも知らされていない、秘密裏に開発研究されていた曲率推進ドライブエンジンを装備されていたのだった。 彼女たちは、これで忘れるはずのないあの星に行くことにした。 DX3906。 雲天明にプレゼントされたあの星に向けて、二人の女史は光の速度になった。
★銀河紀元409年(西暦2687年)~
太陽系から此処までの距離は287光年。 しかし光の速度に達した場合、その当事者と外の世界では時間の流れが変わる(アインシュタインの相対性理論)ゆえ、宇宙空間では287年が経過していたものの、程心たちには52時間ほどの長いフライトで済んだ。
そうして訪れたのが、恒星DX3906に二つある周回惑星の一つ。 艾AAが遠い過去に発見した地球型惑星・青色惑星(プラネット・ブルー)だった。 程心は、ここで最後の運命の男に会うことになる。
〈万有引力〉に乗り合わせ数奇な運命に翻弄された後、外宇宙に旅立った科学者・関一帆。
彼は、雲天明のおとぎ話で程心が主人公の王女なら、その夫になる近衛隊長の縁を持つ者だった。 一帆は自らの旅の間に、この宇宙は文明同士の果てしなき抗争の場で、数多くの戦争が繰り広げられている。 それは此処までの人類には想像外のスケールものが多く、今いるこの星も安全とは言えない。 一帆がこの星に来たのは、そんな危険に備える為の調査だったという。 更に悪いタイミングで三人が青色惑星に滞在中、正体不明の飛行体が灰色惑星(プラネット・グレー、DX3906を公転するもう一つの星)に出入りしたと監視衛星より警告が入る。
これに雲天明が関係している希望を託したい程心は、シャトルでの調査に自分を同行して欲しいと一帆に懇願。 彼と程心はAAを残して低軌道上に停めてあるシャトルに搭乗。 調査を終えて青色惑星の低空軌道に入ったところで、二人は地上のAAからの通信を受けた。
「雲天明が来てる!!」
そんな知らせに太陽の歓喜を顔に表した程心。 しかし、降下しようとした瞬間にアクシデントは起こった。 この時、青色惑星周囲は雲天明の宇宙船が残したエネルギー流が時空間に作用したことで、光速が秒速20㎞にまで落ちており、その影響でシャトル内のコンピューターが全てダウンしてしまったのだ。 最低限の生体維持環境はあるものの、光自体が虫のように遅くなってしまった状況では、システム自動修復に12日も掛かってしまう。 直るまでシャトルは、青色惑星を光速で周回し続けなければならない。 地上に残した艾AAと雲天明は、どうしているんだろう…。
★宇宙♯647時間線(西暦18,906,416~)
システム復旧まで冬眠した二人が目覚めたのはトラブル発生から16日後だった。 青色惑星の地上に降りた二人は“あれから”どれだけの時間が過ぎたか調査した。 息の飲んで除いた年代計測器のパネルが表す応えは、こう。
地球年:18,903,729
程心は一帆に抱き着いて、ただただ泣いた。 泣いて少しだけ気が済むと、彼女はAAと天明がどう生きたのか? それを示す記録のようなものはないかと探した。 そして見つけた地下に埋もれる石碑のようなものの反応を発見。 石で彫られたと見える表面には、このような文字が認められた。
私達はともに幸福な人生を生きた
君たちに送るこの小
無事に収縮を生き延
新しい宇
再び二人は抱き合って喜んだ。 遥か昔、この地上に残してしまった大事な二人は幸せだったとのメッセージを残していたのだから。 しかし、二人が残した古(いにしえ)の遺産はこれだけではなかった。 程なく近くに細い光で囲まれた透明なドアのようなものが発見された。 それは異空間への入り口だった。
宇宙♯647
そこは雲天明が程心にプレゼントする筈だった、小さな宇宙空間だった。 入ると宇宙には太陽が現れ、青空が、その下の田園風景と白い家、生活用品・農具などが現れて平和そのものの日常空間になった。 そこに現れた智子。 三人が西暦の片田舎の何処にでもいた農民のような生活を始めて一年、しかし、ここでも転機が訪れた。 田舎暮らしをしている一方で、程心と一帆は外の大宇宙がどうなっているかを、即座に知れるテクノロジーとそれを使いこなす智恵を身につけており、何かあれば智子が知らせに来る関係も保全していた。 その智子が緊急を知らせに来た。
現在の宇宙は総質量の限界に来ていて、地球に例えれば地下資源の枯渇、森林の減少、海水温の上昇、温室効果による気温上昇といった状況が宇宙全体に蔓延した状態で、このままでは滅亡してしまうとのこと。 防ぐ為には、あらゆる文明が異空間に作った小宇宙を解体して、その質量を元あった宇宙に返還しなければならない。 無論、宇宙♯647も。 しかし、外の宇宙では既に
10,000,000,000年が経過
しており、もう宇宙♯647に来た当初の宇宙どころか三次元世界のままであることすら保証しかねる状況にて、戻ることは勧められないと智子は言う。 が、程心と一帆の心は決まっていた。
戻ろう。
もはや、こんな志まで共有できるパートナーになっている二人は、平和に過ごした“我が宇宙”を解体して元宇宙に質量を戻した。 そして二人が、元宇宙に戻る日。 程心は、魚と草が入ったエコスフィア(生体球)を小宇宙に残した。 これがこの世界の新たな生命の祖になるはず。 そんな願いを込める二人は、地上から去っていく神話の世界の夫婦のように光るドアを潜っていった。
受賞[編集]
- 2010年度 - 第22回銀河賞特別賞 受賞[1]
- 2017年 ヒューゴー賞 長編小説部門 最終候補[1][2]
- 2017年 ローカス賞 SF長編部門 受賞[1]
- 2017年 ドラゴン賞SF小説部門 ノミネート[3]
脚注[編集]
- ↑ a b c 大森望「訳者あとがき」
- ↑ TK (2017年4月7日). “劉慈欣氏の「三体III: 死神永生」が二度目のヒューゴー賞ノミネート”. 人民網日本語版 2025年2月14日閲覧。
- ↑ Publications, Locus (2017年9月5日). “Locus Online News » 2017 Dragon Awards Winners” (英語). www.locusmag.com. 2021年8月31日確認。