ルーマニアの大隊よ、カルパチアを越えよ
| 「Treceți, batalioane române, Carpații」 | |
|---|---|
| ジャンル | 軍歌 |
ルーマニアの大隊よ、カルパチアを越えよ(留:Treceți, batalioane române, Carpații)は、第一次世界大戦期のルーマニア王国(現ルーマニア)の軍歌。
概要[編集]
第一次世界大戦において連合(協商)国側として参戦したルーマニア王国は、三国同盟に加盟しておりトランシルヴァニアを当時領有していたオーストリア=ハンガリー帝国と交戦状態にあった。
元来トランシルヴァニア地域にはルーマニア人が多数居住しており、ルーマニア人が人口の大半を占めるトランシルヴァニアの領有は、大ルーマニアの実現に不可欠であった。
トランシルヴァニア地域の奪取と、トランシルヴァニアの自然の擁壁とも言えるカルパチア山脈を題材にした軍歌が、ルーマニアの大隊よ、カルパチアを越えよ、なのである。
歌詞[編集]
元々第一次世界大戦で歌われていた物には三番までしか歌詞がなかったが、時期不明であるものの、20世紀に入ってからか歌詞が付け足されている。
尚、著名な音源などで歌われていない歌詞はここでは割愛している。
オリジナル[編集]
| ルーマニア語[出典 1] | 日本語意訳 |
|---|---|
| Treceți, batalioane române, Carpații La arme cu frunze și flori |
越えよ、ルーマニアの大隊よ、カルパチアを、 葉と花とで飾られた武器を携え。 |
| Ardealul, Ardealul, Ardealul ne cheamă Nădejdea e numai la noi |
トランシルヴァニア[注 1]が我らを呼んでいる、 希望は我らの側にしか残されていないのだ。 |
| ’Nainte, ’nainte spre marea Unire Hotarul nedrept să-l zdrobim |
前へ、前へ、大いなる統一へ、 不当なる境界線[注 2]を打ち破るのだ。 |
歌詞追加版[編集]
| ルーマニア語[1] | 日本語意訳 |
|---|---|
| Cu săbii făcură Unirea, ce inimi Spre Alba cu toții mergeam |
彼らは剣を以て大統一を成し遂げ、 我らは挙ってアルバ[注 4]に向かった。 |
| Cu toții eram regimente române Moldova, Muntenia, Ardeal |
我らは皆ルーマニアの地であった モルダヴィア[注 5]、ムンテニア、トランシルヴァニアよ |
脚注[編集]
注釈[編集]
- ↑ "Ardealul"はルーマニア語でトランシルヴァニアの意。トランシルヴァニアはラテン語由来の単語で、トランシルヴァニアの過去の領有国であったハンガリーの言語であるハンガリー語でも多くはこれを用いない。
- ↑ 国境とも訳される。
- ↑ トランシルヴァニアとの統一が過去の事として語られそれを正当化していると取れること、またトランシルヴァニアやベッサラビア(後述)との統一の正当性を訴えていること(第二次世界大戦中にドイツからの圧力によってトランシルヴァニア北部をハンガリーに、ソビエト連邦の圧力からベッサラビアをソ連に割譲したことに関連?)から、少なくとも第一次世界大戦終結後に書かれたものであると考えられる。
- ↑ 現ルーマニアのアルバ県(トランシルヴァニア地域に位置)の主都のアルバ・ユリアのことである。スコットランド・ゲール語でスコットランドを意味する"Alba"ではない。
- ↑ ここでのモルダヴィアは現ルーマニア国内の地域だけでなく、ベッサラビア(現ウクライナ・モルドバ共和国領)を含む。
- ↑ "Fireasca Unire"は直訳するならば『自然な連合』であるが、ルーマニアはこれ等の地を直轄統治したと考えられるため、敢て"統合"とした。
出典[編集]
- ↑ “Versuri Treceți, batalioane române, Carpații - Cantece de munte”. Carpati.org. 2026年3月1日確認。
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