ユリウス・ヴェルハウゼン
| ユリウス・ヴェルハウゼン Julius Wellhausen | |
|---|---|
| 生年月日 | 1844年5月17日 |
| 生誕地 | テンプレート:PRU1803、ハーメルン |
| 没年月日 | 1918年1月7日(満73歳没) |
| 死没地 |
|
| 宗教 | キリスト教 |
| 出身校 | ゲッティンゲン大学 |
| 職業 |
神学者(聖書学) 東洋学者 言語学者 |
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ユリウス・ヴェルハウゼン(Julius Wellhausen、1844年5月17日 - 1918年1月7日)は、ドイツの神学・聖書学・東洋学・言語学の学者。トーラー(モーセ五書)の批判的研究(文書仮説)で著名。
ヴェルハウゼンの宗教進化論[編集]
ヴェルハウゼンは、宗教の進化論的枠組みとして、「宗教進化論」を提唱している。
特に、古代イスラエルの宗教史を分析する中で、自然崇拝(アニミズムや多神教の初期形態)から唯一神教(monotheism)への神の概念の漸進的な発展を体系化した理論として知られる。
この理論は、進化論的思考と聖書の文献批判(文書仮説)を基盤とし、宗教を社会的・文化的変革の産物として位置づける。
代表作『イスラエルおよびユダの歴史序説』(Prolegomena zur Geschichte Israels、1878年)で詳述された。
背景[編集]
ヴェルハウゼンの理論は、チャールズ・ダーウィンの進化論、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルの弁証法的歴史観、およびフリードリヒ・マックス・ミュラーの比較宗教学に影響を受けている。
彼は、宗教を原始的な自然崇拝から抽象的・倫理的な唯一神教への「進化」として捉え、旧約聖書のトーラー(モーセ五書)をJ(ヤウィスト源)、E(エロヒスト源)、D(申命記源)、P(祭司源)の4つの文書源から構成されたものと仮定する文書仮説を展開した。
これらの文書の成立年代順序(J/Eが古く、D/Pが新しい)が、イスラエル宗教の段階的発展を反映すると主張した。ヴェルハウゼンは、古代イスラエルの宗教が周辺のカナン人や近東の多神教文化から影響を受けつつ、独自に抽象化していったと見なし、神の概念(特にヤーウェ/YHWH)が部族の守護霊から宇宙の創造主へ変容した過程を強調した。
自然崇拝から唯一神教への進化段階[編集]
ヴェルハウゼンは、宗教の形態を5つの段階に分け、神の概念が具体的な自然力から超越的な普遍的存在へ移行すると説明した。この分類は、マックス・ミュラーの宗教進化説に影響を受け、特に「拝一神教」(monolatry)を自然崇拝から唯一神教への途中段階として考案した点で革新的である。
各段階は、聖書の文書源と歴史的文脈に対応する。
1. 自然崇拝(Animism/Nature Worship:原始アニミズム段階)[編集]
宗教の最古層で、自然現象や物体(雷、雨、聖なる木・岩・泉)に霊的な力を見出す形態。神々は個別的具体的な存在で、抽象性は乏しい。 例: 古代近東の遊牧民文化で、シナイの嵐神としてヤーウェが現れた可能性。聖書では、創世記12:6の「モレの樫の木」が残滓を示す。 Wellhausenの見解: イスラエルの起源はベドウィン的な遊牧生活にあり、J/E源(北部イスラエル王国期、紀元前9-8世紀)がこの段階を反映。定住化により人格神へ移行。
2. 多神教(Polytheism:パンテオン形成段階)[編集]
自然崇拝が体系化され、複数の神々が役割分担(豊穣神、戦争神)を持ち、パンテオンを形成。 例: カナン人のバアル(嵐神)やアシェラ。士師記2:11-13の異邦神崇拝。 Wellhausenの見解: カナン征服後、ヤーウェは他の神々と共存した地方神。E源が多神的要素を示す。王国成立(紀元前10世紀)で国家宗教に取り込まれる。
3. 単一神教(Henotheism:主神崇拝段階)[編集]
多神教内で特定の神を主神とし、他の神々を従属的に認める。 例: 初期イスラエルのヤーウェ中心主義。列王記上18章のエリヤのバアル対決。 Wellhausenの見解: モーセ時代からダビデ王国期(紀元前10-9世紀)、ヤーウェが主神に昇格。J源が民族的アイデンティティを形成。預言者の出現で倫理的側面が強調。
4. 拝一神教(Monolatry:排他的崇拝段階)[編集]
自集団の神のみを崇拝し、他の神々を排除。他神の存在は認めるが崇拝不可。 例: 申命記6:4のシェマ・イスラエル。アモス書やホセア書の預言。 Wellhausenの見解: 預言者時代(紀元前8世紀)、D源(申命記)がイデオロギーを体現。他神は偶像として貶められる。アッシリア脅威で結束のツールに。
5. 唯一神教(Monotheism:絶対唯一段階)[編集]
他神の存在を完全に否定し、神を超越的・普遍的な創造主とする。 例: イザヤ書44:6「私のほかに神はない」。後期ユダヤ教の基盤。 Wellhausenの見解: バビロン捕囚(紀元前586-539年)と第二イザヤで完成。P源が法典化し、ヤーウェを抽象的唯一神に昇華。異邦神との対比で普遍性が生まれる。
| 段階 | 神の概念(ヤーウェ) | 聖書源/時代例 | 社会的文脈 |
|---|---|---|---|
| 自然崇拝 | 自然力(雷・火山) | J/E源/北部王国初期 | 遊牧・農耕移行 |
| 多神教 | 地方神(他の神と共存) | E源/カナン影響期 | 王国成立 |
| 単一神教 | 主神(優位だが他神存在) | J源/ダビデ時代 | 預言者出現 |
| 拝一神教 | 排他的崇拝対象(他神排除) | D源/紀元前8世紀 | 危機・改革 |
| 唯一神教 | 絶対唯一神(他神否定) | P源/捕囚後 | 普遍化・法典化 |
アラブの異教とイスラム教の起源[編集]
『アラブの異教とイスラム教の起源』(原題: Reste arabischen Heidentums, 1887年)は、ヴェルハウゼンの著作である。
この書は、前イスラム期(ジャーヒリーヤ)のアラブの多神教的伝統(異教)を詳細に分析し、イスラム教がこれらの伝統を基盤にユダヤ教・キリスト教の影響を受けて一神教へ発展した過程を明らかにする。ヴェルハウゼンは旧約聖書研究で培った文献批判と比較宗教学の手法をイスラム学に応用し、イスラム教をアラブの文化的・社会的文脈の産物として位置づけた。
前イスラム期のアラブの異教(ジャーヒリーヤ)の特徴[編集]
ヴェルハウゼンは、前イスラム期のアラブ社会の宗教を多神教的でアニミズム的な要素を含むものと特徴づけた。以下にその主要な要素を挙げる。
アニミズムと自然崇拝[編集]
- 自然の神聖視: アラブの遊牧民やオアシス住民は、自然物(岩、木、泉、星など)に霊的な力を見出し、崇拝した。例として、聖なる石(ベテル)や樹木への信仰が挙げられる。
- ジン(精霊)信仰: ジン(jinn)は超自然的な存在として広く信じられ、善悪さまざまな役割を果たした。これらはアニミズム的な霊信仰の名残である。
- 聖地と巡礼: カアバ(メッカの聖石)やその周辺の聖域(ハラム)は、前イスラム期から巡礼の中心地であり、カアバには複数の神々のシンボルが置かれ、部族間の共通の聖地として機能した。
多神教的パンテオン[編集]
前イスラムのアラブには複数の神々が崇拝された。主要な神々は以下の通り:
- フバル(Hubal): メッカのカアバで崇拝された主要な神で、戦争や運命を司った。
- アル・ラート(Al-Lāt): 豊穣や女性の守護神で、タアイフを中心に崇拝された。
- アル・ウッザー(Al-‘Uzzā): 力と美の女神で、ナハラを中心に信仰された。
- マナート(Manāt): 運命の女神で、巡礼地で重要な役割を果たした。
- アッラー(Allāh): 最高神として一部の部族で崇拝されたが、他の神々と並存する存在だった。
各部族は独自の守護神を持ち、特定の神を重視する傾向があった(単一神教に近い形態)。
儀式と社会構造[編集]
- 巡礼と祭祀: カアバを中心とする巡礼(ハッジの原型)や犠牲儀式は、部族間の結束を強化した。聖域は交易や和平の場でもあった。
- 詩と口承伝統: ジャーヒリーヤの詩は、神々や聖地の神聖性を讃える重要な媒体であり、詩人(シャーイル)は宗教的・社会的権威を持った。
- 部族社会: 宗教は部族単位で組織され、統一的な教義や祭司階級は未発達。神々の崇拝は部族のアイデンティティや社会秩序と結びついていた。
ヴェルハウゼンのイスラム教の起源に関する理論[編集]
ヴェルハウゼンは、イスラム教が前イスラム期の多神教的伝統を基盤としつつ、ユダヤ教やキリスト教の影響を受けて一神教へ発展したと分析した。主要なポイントは以下の通り。
連続性と断絶[編集]
- 連続性: イスラム教は前イスラム期の伝統を多く継承した。カアバと巡礼(ハッジ)、ジン信仰(クルアーンにジンの章がある)、詩的伝統(クルアーンの文体)がその例。
- 断絶: ムハンマドは多神教的な神々を否定し、アッラーを唯一の神とする一神教を確立。他の神々(フバル、アル・ラートなど)は偶像として排除された。
アッラーの昇格[編集]
前イスラム期のアッラーは創造神や最高神として一部で崇拝されたが、他の神々と並存していた(例: ムハンマドの父の名「アブドゥッラー」)。イスラム教ではアッラーが唯一絶対の神となり、他の神々の存在を否定した(クルアーン2:163「あなた方の神は唯一の神である」)。これは拝一神教から唯一神教への移行に相当する。
ユダヤ教とキリスト教の影響[編集]
ムハンマドはメッカやメディナで接触したユダヤ教徒・キリスト教徒から一神教の概念を学び、アラブの伝統に統合した。
- 例: クルアーンのアブラハム(イブラーヒーム)やモーセ(ムーサー)の物語。
- 預言者伝統: ムハンマドの役割はユダヤ教の預言者モデルに似ており、アラブの詩人や占い師の伝統を再解釈。
- 終末論: 審判の日や天国・地獄の概念はユダヤ教・キリスト教の影響。
社会構造の変化[編集]
イスラム教は部族社会を統合し、ウンマ(イスラム共同体)という新たな秩序を構築。宗教的統一が部族間の対立を克服し、ムハンマドのメディナ指導は宗教と政治の統合を促進した。カアバは部族を超えた象徴となった。
方法論と意義[編集]
ヴェルハウゼンはクルアーン、ハディース、ジャーヒリーヤの詩を批判的に分析し、前イスラム期の宗教を再構築。イスラエルの宗教との比較を通じて、多神教から一神教への進化を説明した。このアプローチはイスラム教を文化的伝統の延長として捉え、イスラム学に歴史的・批判的視点を導入した点で画期的である。
現代的視点と限界[編集]
現代的評価[編集]
近年の考古学(サウジアラビアやイエメンの碑文)は多神教・ユダヤ教・キリスト教の共存を示し、ヴェルハウゼンの分析を裏付ける。ゾロアスター教やアラブ独自の伝統の影響も再評価されている。
限界[編集]
- 直線的進化論: 多神教から一神教への直線的進化は19世紀のバイアスによる単純化。
- 史料の制約: 前イスラム期の史料が限定的で、推測が多い。
- 西洋中心主義: 一神教を頂点とする視点がアラブの多神教的伝統を過小評価。
影響と批判[編集]
ヴェルハウゼンの理論は、イスラエル宗教を「動的な歴史過程」として理解する基盤を提供し、比較宗教学や現代の聖書学に影響を与えた。
しかし、保守派からは「進化論的還元主義」として批判され、一神教の神聖性を否定するものとされた。現代の考古学(例: クントィレト・アジュルドのヤーウェ・アシェラ碑文)は多神教残滓を支持するが、ヴェルハウゼンの枠組みを部分的に修正している。
また、イスラム教の「アッラー」語源論(「アル・イラーフ」の短縮形)も彼の貢献として知られる。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- テンプレート:DNB-Portal
- テンプレート:DDB
- David Danzig: Julius Wellhausen’s Biblical Criticism: Influences and Impact, Paper, Yale University 2011.
- Friedrich Wilhelm Graf: Der Verlust des Heiligen. Der protestantische Theologe und Orientalist Julius Wellhausen (1844–1918) in seinen Briefen, in: Neue Zürcher Zeitung Nr. 65 vom 19. März 2014, S. 46.