ダリとの再会

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ダリとの再会』(ダリとのさいかい)は、手塚治虫の短編漫画作品。

概要[編集]

週刊少年マガジン』(講談社)で1982年3月31日号に読み切り掲載された。

タイトルの「ダリ」は作中に登場する看護ロボットの通称で、画家のサルバドール・ダリとは関係がない[1]

作品執筆にまつわるエピソード[編集]

担当編集者は当時入社1年目だった野内雅宏[2]。当時も手塚は何本も連載をかかえており、編集者は手塚プロに詰めては、手塚の時間が空くのを待って打ち合わせを行うというありさまであった[2]。野内の『週刊少年マガジン』は連載でもなく、読み切りということもあって優先度はさらに低く、野内が初めて手塚との打ち合わせを行ったのは、手塚が手塚プロから花小金井の自宅までタクシーで帰る際に同乗し、車内での30分であった[3]。手塚は読み切り作品の候補として5つプロットを挙げ、野内に選ばせた[3]。野内にとっては5本とも優れたプロットであったが、その中から「介護ロボットと不良少年の心の交流」の話を選んだところ、手塚も自分もそれが良いと思っていたと答えた[3]

そして手塚に頼まれて作品タイトルを考案したのも野内であった[3]。野内が決めたタイトルは地味であり、奇をてらったものでも無かったが、作品のラストシーンにフォーカスを当てつつも、ストーリーのネタバレにはなっておらず、シンプルながらもひねりが効いたもので、手塚もすぐにOKした[3]

あらすじ[編集]

暴走族のリーダー・ウルフは、バイクで暴走中にトラックに衝突。同乗していた恋人は即死し、ウルフは奇跡的に程度が軽く、両腕両足骨折と腸管破裂、一カ月ほどの東村山大学病院に入院ということになった。

ウルフの介護にあてがわれたのは東村山大学が寝たきり老人の看護用に考案され開発した非人型の医療介助自動システムD・A・R・I、通称「ダリ」であった。

当初はダリに反発していたウルフであったが、暴走族の子分の村上が見舞いにやってきて、ウルフには人望が無かったから、他のグループの移った者、自分のように田舎に帰る者などでグループは解散になったことを告げると、悲しみから涙を流し、屋上から飛び降りようとする。ダリはそんなウルフを止め、慰めの言葉をかける。ウルフは飛び降りをやめる代わりにダリが落ちるよう要求。ダリが屋上から落ちそうになると、ウルフはあわててダリを止めた。

ウルフはダリを松葉杖かわりにしてリハビリを始め、ダリを自分の最初の友達だと声をかけるまでになった。

ウルフは退院したが、仲間はいなくなっており、世間からも白い目で見られ、住所不定の無収入。目的も無い人生を送っていた。。

東村山大学病院へ来たウルフだったが、医師からはダリはウルフについての記録を全て抹消済であることを告げられる。

その時、ウルフを認識したダリがまっしぐらに近寄ってきた。ウルフは涙し、「ダリ」と呼びかける。

ダリとの再会 完

脚注[編集]

外部リンク[編集]