シンザン
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| シンザン | |
|---|---|
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| 欧字表記 | Shinzan |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1961年4月2日 |
| 死没 | 1996年7月13日 |
| 父 | ヒンドスタン |
| 母 | ハヤノボリ |
| 母の父 | ハヤタケ |
| 生国 |
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| 生産 | 松橋吉松 |
| 馬主 | 橋元幸吉 |
| 調教師 | 武田文吾(京都) |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 19戦15勝 |
| 獲得賞金 | 5438万円 |
シンザン(1961年4月2日 - 1996年7月13日)とは、日本の競走馬・種牡馬である。日本競馬史上初めて五冠馬の称号を与えられた最強の戦士。
概要[編集]
北海道の松橋牧場で生を受ける。乳離れが済み次第荻伏へ送られそこで馴致が行われた。しかし動きが硬く、追い運動をしても最後尾をのろのろと付いていくという後の活躍からはとても想像できない懶っぷりであった。
1962年に京都競馬場・武田文吾厩舎へと入厩し、1963年秋の新馬戦でデビュー。デビュー戦でいきなり4馬身差の圧勝を成し遂げ、その後も勝ちを積み重ね続け、1964年の皐月賞を無敗で制覇。5月のオープン戦での2着を挟んで東京優駿でも勝利。オープン戦・京都杯の2着を挟み、菊花賞で勝利。以降1965年の天皇賞・秋まで5戦5勝して当然のように天皇賞・秋も勝利。12月の中山開催のオープン戦2着を挟んで、有馬記念に出走。これも勝利する形で競走生活を終えた。19連続完全連対は中央競馬における不破のレコードとなっている。
引退後は種牡馬としてミナガワマンナやミホシンザンなどを送り出した。種牡馬引退後も功労馬として余生を送り、1996年7月13日に満年齢35歳と102日で此の世を去った。GⅠ級レース勝利馬としての最長寿記録は2023年現在もシンザンのものである。シンザンの長寿もあって、セントライトから現在に至るまで常に1頭以上三冠馬が存命している記録がある。
今は彼の世でそちらに逝ったダービー馬相手に来るのが早すぎると説教をかましていることだろう。