20世紀初期のアメリカ合衆国の歴史

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20世紀初期のアメリカ合衆国の歴史とは、20世紀の始まりである1901年から1920年代後半までのアメリカ合衆国の歴史である。

アメリカ合衆国の独立から現代にかけての大まかな流れはアメリカ合衆国の歴史を参照のこと。

帝国主義政策[編集]

1901年、セオドア・ルーズヴェルトが第26代大統領に就任。彼がカリブ海で進めた帝国主義政策は、棍棒外交の名で知られるようになった。米西戦争(1898年)から始まった帝国主義政策は、ハワイの併合(1898年)、キューバの事実上保護国化(1901年)、パナマから運河周辺の建設権と租借権の獲得(1903年)、パナマ運河の開通(1914年)、メキシコ革命への介入(1914年)など、第28代大統領のウッドロウ・ウィルソンの時代まで続いた。

独占資本の成長と規制強化[編集]

トラストやカルテルなど、企業の巨大化に由来する独占資本や金融資本は、19世紀後半に成立した。こうした大資本は産業界のみならず政界を支配するまでに成長した。1901年には、銀行家のジョン・モルガンが結成した鉄鋼トラストにカーネギー製鉄が加わりUSスチールが誕生。こうした独占の進行に対して、スタンダード石油会社への分割命令(1911年)やクレイトン反トラスト法(1914年)など自由主義経済を守るべく対策が講じられた。

第一次世界大戦と戦後の国際秩序[編集]

1914年、ヨーロッパで第一次世界大戦が勃発すると、アメリカはモンロー主義を盾に中立を宣言した。しかし、商船のルシタニア号撃沈(1915年)や無制限潜水艦作戦(1917年)などアメリカ国民を刺激する事態が生じたことで、1917年、ドイツ帝国に宣戦布告し、第一次世界大戦に介入した。1918年、第一次世界大戦終結すると、ウィルソン大統領は十四か条の平和原則を発表。これは、秘密外交の廃止や自由貿易、軍縮、民族自決、国際的な平和機構の設立などを含む内容であった。彼の意向もあり国際連合が誕生するも、議会が加盟不承認を支持したことで、アメリカは不参加となった。

世界的な軍縮ムードの中、1921年にはワシントン会議が開催され、アジア・太平洋地域の平和と安全、軍備の制限、領土保全が取り決められた。1927年にはジュネーブ海軍軍縮会議が開催された。

大戦景気と爛熟の20年代[編集]

第一次世界大戦でほとんど被害を受けなかったアメリカは、戦時中の軍需産業や戦後の資金貸し付けによりイギリスを抜いて世界一位の経済・金融大国となった。また、独占資本と呼ばれた巨大企業がけん引した石油や鉄鋼、機械などの大量生産や、1910年代前半頃に加速した、流れ作業の実装によるT型フォード車の大量生産などは、戦後の好景気に酔いしれたアメリカに大量消費社会(大衆消費社会)を到来させた。これは、新しいメディアや娯楽の登場とも相まって「豊かさ」の象徴となった。

ニューヨークには高層ビルが立ち並び、国民の間では冷蔵庫洗濯機などの家電製品が普及した。消費を促進する手段として、商品の宣伝に関わる広告や分割払いが急速に広まった。

メディア・娯楽面においては、新しい音楽であるジャズチャップリンの無声映画、野球選手のベーブ・ルースなどが国民の人気を集めた。ハリウッド映画はヨーロッパ映画にとってかわり、『蒸気船ウィリー』(1928年)に始まるアニメ事業を率いるウォルト・ディズニー・カンパニーが設立された。トーマス・ベントンが描いた『City Activities with Dance Hall』はまさにこの時代を描き表している。

禁酒法とギャングの台頭[編集]

1919年、アルコール依存症や家庭内暴力といった社会問題、キリスト教系の団体による禁酒運動を背景に禁酒法が成立した。この法律には反対の声も多く、密造や密売が横行した。1920年代になると、ギャングの代表格であるアル・カポネが、酒の密造や密売で巨額の利益をあげ、また自動車やマシンガンを駆使して勢力を拡大していった。ギャング同士の抗争、ギャングと警察との抗争は1920年代後半になると最高潮に達した。

投機ブームと過剰生産[編集]

企業の発展と共に、株を売買する人々も増加した。株価は自然と上昇し、株への投資がますます進んだ。好景気に煽られ、また政府や経済学者がアメリカ経済を有望視したことで、多くの人々が自身の収入をはるかに超えた額を投機(株の売買)につぎ込んだ。また、大量生産された農作物や工業製品は、次第に国民の購買力を上回り、過剰生産として問題化していった。

1929年10月、投機ブームを背景に、ウォール街の株式市場で株価の大暴落(暗黒の木曜日)が発生した。取り付け騒ぎにより何千という銀行がつぶれ、その影響は他の多くの企業にまで波及した。過剰生産問題もあり、工場は倒産、失業者が街にあふれかえった。恐慌の影響はアメリカにとどまらず、世界恐慌へと繋がることになる。

その他[編集]

1903年
ライト兄弟が初の動力飛行に成功。
1905年
日露戦争の講和条約であるポーツマス条約の締結を仲介。
1915年
白人至上主義を掲げるKKK(クー・クラックス・クラン)が復活。黒人だけではなく、ユダヤ人や東洋人も攻撃の対象となった。
1919年
第1回国際労働機関総会がワシントンで開催。
1920年
憲法修正第19条により、女性参政権を規定。
1924年
移民法成立。アジア系移民の事実上禁止措置。
1927年
リンドバーグ、大西洋無着陸横断飛行に成功。