ドヤ街

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ドヤ街(どやがい)は都市部にある簡易宿泊所が密集している地域をいう。

概要[編集]

「ドヤ」とは「ヤド」を逆さ読みした用語で、宿泊する場所をいう。スラム街とは異なる。

日本の3大ドヤ街として、(1)東京では山谷(台東区清川・日本堤・東浅草周辺、最寄駅は南千住駅(東京メトロ)や三ノ輪駅)、(2)大阪では釜ヶ崎(大阪市西成区北東部)、(3)横浜では寿町(神奈川県横浜市中区寿町1丁目から4丁目)が知られていた。なお、山谷と釜ヶ崎の行政名は、現在では消滅している。山谷では生活保護受給の高齢者が多く住んでいるとされる。

横浜寿町[編集]

三浦洋平、大島康平(2008)の研究によれば、一般のホテルや旅館と比較して料金が安く、半数以上が1日¥2100から¥2300 を設定している。これは生活保護で住宅費に当て られる一日の上限が¥2200 の為に、多くの簡易宿泊所がこの金額となっているという[1]。 平成18年11月時点で、横浜寿町では宿泊者の8割近くが生活保護を受給しているとされる[2]。災害発生時の支援体制が課題とされていた。

路上生活者の支援活動(炊き出しなど)[編集]

高度経済成長を支えていたドヤ街では、酒や賭け事で身を持ち崩す人が多く、高齢化により路上で暮らすお年寄りも多い。コスモスの看護師たちなどによる支援活動が生活を支えている。「人間はごみではない」というドヤ街の天使たちがドヤ街を支えているのである[3][4]。市民団体、NPO法人、宗教団体などがドヤ街で炊き出しを行う[5]

西成暴動[編集]

かつては労働争議や、警察の対応などを発端とした住民と当局との間の争乱が発生していた。路上生活者の増加、不法投棄、路上での飲酒、窃盗などの問題も多発していた。1990年10月には6日間続いた「西成暴動」(22次暴動)が起き、投石や放火が行われ、労働者と警察官を合わせて約190人が負傷し、55人が逮捕された[6]

中国人街化[編集]

大阪西成の「ドヤ街」は西成特区構想をきっかけに中華街に変わりつつあると報道された[7][8]「ドヤ街」と「中華街」は場所によっては隣接しており、横浜の寿町は、横浜中華街に隣接した位置にある。華やかな中華街とは対照的なエリアになっている。

参考文献・注[編集]

  1. 三浦洋平、大島康平(2008)「横浜市寿地区ドヤ街の研究」東京工芸大学
  2. 小田昭・梶川浩(2007)「寿地区簡易宿泊所街の高齢化と課題」『調査季報』調査研究レポート、横浜市
  3. 帰れ!と怒鳴られても朝日新聞、2025年12月27日
  4. いい思いしないで死んじゃうんだ」朝日新聞、2025年7月18日
  5. 仕事失い炊き出しも減 月収3万円の路上生活者AERA、2020年6月04日
  6. コンビニ襲撃、自販機荒らし、駅全焼……1990年の西成暴動Aera、2025年2月23日
  7. 「何のための特区民泊や!」 中国人街化する大阪・西成Merkmal
  8. 三国志の関羽まつる廟、西成・釜ケ崎に 中国人経営者らがお披露目朝日新聞、2023年12月3日