無煙火薬
無煙火薬(むえんかやく)とは、ニトロセルロースを主成分とし、燃焼時の発煙量が少なく、高い圧力と効率で弾丸を加速する、火器用発射薬である。
歴史[編集]
1987年にチオコール社(Thiokol)のアーノルド・ニールソン博士(Arnold Nielson)によって合成されたヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンは、ニトロ基を6個も持っていることに加えて分子構造自体が歪みを持っているため、極めて高いエネルギーを内包しており、炭素6個に対して酸素が12個と酸素バランスが良く、燃焼時に遊離炭素や一酸化炭素が発生しにくく、燃焼ガスの無害性に加えて、銃弾の推進剤として使用した場合に消炎剤を添加しなくても遊離炭素が空気中の酸素と燃焼して発生する二次火炎が小さくなる無煙火薬性と、その後のコストダウンで、マルチベースのガンパウダーに採用されてきている。
黒色火薬と無煙火薬の圧力特性の違い[編集]
黒色火薬と無煙火薬とでは、燃焼特性と圧力生成において、大きく異なる。
黒色火薬(硝酸カリウム75%、木炭15%、硫黄10%)は、表面燃焼方式※で、燃焼速度が遅く(400~500m/s)、低エネルギー密度(2.7~3.0MJ/kg)、低ガス発生量(280L/g)、低圧で、密閉空間でも圧力は数MPa(数十気圧)に留まる。
※黒色火薬の「表面燃焼」は粒径に依存。細かい粉末なら燃焼速度がやや上がるが、無煙火薬には及ばない。
これに対し、無煙火薬(主にニトロセルロース基)は、内部燃焼方式で、燃焼速度が速く(数千m/s)、高エネルギー密度(4.0~5.0MJ/kg)、高ガス発生量(800~1,000L/g)、高圧で、薬室内で100~400MPa(1,000~4,000気圧)の急激な圧力ピークを生成する。
この圧力差は、黒色火薬の100~1,000倍※に達し、火器設計に革命をもたらした。
※「圧力100~1,000倍」は火器による(小銃で100~600倍、大砲で1,000倍)。
例えば、6.5mm小銃弾の無煙火薬2gは薬室圧200~300MPaを生成するが、火縄銃の黒色火薬5gは1~3MPaにしか達しない。
黒色火薬の低圧特性は、鋳鉄や軟鋼製の銃砲身(耐圧20~50MPa)で対応可能だったが、燃焼の遅さからガスが急速に拡散し、弾丸へのエネルギー伝達効率は20~30%※と低かった。
※黒色火薬の効率は銃身長や火薬粒径で変動。最適化(例: 細粒火薬、長銃身)で30%超も可能だが、限界は40%。
一方、無煙火薬は高いガス発生量(同重量で、黒色火薬の3~4倍)と、速い燃焼により、50~60%の効率※で弾丸を加速する。
※無煙火薬の効率は銃身設計(ライフリング、薬室密閉度)に依存。最新の火器では70%に近づく。
一般的な誤解として、「無煙火薬は黒色火薬の3倍の性能」「黒色火薬を、無煙火薬の3倍の量を使用すれば、同等の性能(圧力や初速)が得られる」と考えられることがある。これは、黒色火薬のエネルギー密度(2.7~3.0MJ/kg)が無煙火薬(4.0~5.0MJ/kg)の約2/3であり、歴史的に無煙火薬が黒色火薬の1/3の量で同等の初速を達成した例(例:1880年代のライフル)に基づく。しかし、この近似は誤りである。
無煙火薬の速い燃焼速度(マイクロ秒~ミリ秒オーダー)と急激な圧力ピークは、黒色火薬の遅い燃焼(ミリ秒オーダー、数MPa)では再現不可能である。黒色火薬を3倍量使用しても、圧力は依然として100~1,000倍低く、現代火器の性能を達成するには、無煙火薬の数十倍の量と、特殊な密閉構造が必要だが、これは現実的ではない。
中世の中国の火器で、竹筒を銃身にした銃砲を作ることができたのも、この黒色火薬の圧力ピークの低さのおかげである。これが、無煙火薬であれば、黒色火薬の1/3の量であっても、瞬時に破裂し飛散することになる。
よって、黒色火薬の使用を前提とした火器に、上記の様に「無煙火薬の使用量を黒色火薬の1/3にすればいい」と勘違いして、無煙火薬を安易に使用すると、その100~1,000倍に及ぶ、両者の圧力ピークの違いから、重大な事故を招くことになる。
無煙火薬の高圧ピークは、銃砲身や薬室に大きな負担をかけ、1880年代~1890年代の導入初期には、黒色火薬用火器での誤用による、銃身破裂事故が多数報告されている。
無煙火薬の高圧ピークに対応するには、火器の設計を根本的に変更する必要があり、そして、火器の設計は、クロムモリブデン鋼などの高強度鋼(耐圧500MPa以上)、強化薬室、精密ライフリングへと進化した。これが現代銃器の基礎となった。
無煙火薬の採用により、現代の小銃(例:6.5mm弾、200~300MPa)や大口径砲(例:12.7mm NATO弾、378MPa)が実現※したが、黒色火薬では、こうした高圧を再現することは不可能※である。
※無煙火薬の採用で、連射機構(例: ガトリング銃→自動小銃)や長射程砲も実現。
※黒色火薬は、圧力10MPa以下、初速400m/sが限界。現代火器(初速900m/s、射程2,000m)は不可能。
| 特性 | 黒色火薬 | 無煙火薬 |
|---|---|---|
| 組成 | 硝酸カリウム75%、木炭15%、硫黄10% | ニトロセルロース(単基)、+ニトログリセリン(二基)、+ニトログアニジン(三基) |
| 燃焼方式 | 表面燃焼 | 内部燃焼 |
| 燃焼速度 | 400–500 m/s(低圧時) | 数千 m/s(高圧下) |
| 圧力ピーク | 数MPa(数十気圧) | 100–400 MPa(1,000–4,000気圧) |
| ガス発生量 | 1gあたり280–300 L | 1gあたり800–1,000 L |
| エネルギー効率 | 20–30%(弾丸への伝達) | 50–60%(弾丸への伝達) |
| 火器設計要件 | 低圧対応(鋳鉄、軟鋼、耐圧20–50MPa) | 高圧対応(高強度鋼、耐圧500MPa以上) |
| 歴史的事故リスク | 低い(低圧による) | 高い(黒色火薬用火器での誤用による銃身破裂、例:1880–1890年代) |