新年祝賀の儀
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新年祝賀の儀(しんねんしゅくがのぎ)は毎年1月1日,天皇が皇后と皇族をはじめ三権の長等の要人・在日外交団の長とその配偶者から新年の祝賀を受る儀式である。
概要[編集]
天皇が皇后と皇嗣をはじめ皇族、衆議院議長・参議員議長・両副議長・衆議院議員・参議院議員、内閣総理大臣、国務大臣、最高裁判所長官、最高裁判所判事、その他の認証官、各省庁の事務次官など立法・行政・司法各機関の要人、都道府県知事・都道府県議会議長、各国の外交使節団の長とそれぞれの配偶者から新年の祝賀を受る儀式である[1]。国事行為とされている。
一般庶民が参加する新年一般参賀とは区別される。
祝賀の歴史[編集]
倭国では飛鳥時代から中国の制度にならって、元日に臣下が天皇を拝礼するという「朝賀」の儀式が開始された。603年(推古11年)に小墾田宮に遷都し、この宮殿で元日朝賀が行われた。
漢の時代[編集]
漢代では元日朝賀があり、中国皇帝の権威を示し、国内外の支配関係を確認するための重要な国家儀礼であった。周辺諸国や属国からの使節団は、新年の祝いを述べるために漢の都(長安や洛陽)を訪れた。前漢の武帝は、それまでの暦を改め、紀元前104年に「太初暦」を制定し、夏暦の元月(現在の旧暦の正月)を年始と定めた。正月初一(元旦)に、皇帝が臣下からの新年の挨拶を受ける儀式(朝賀)が確立した。中国の皇帝は全世界の支配者で、空間と時間の支配権があった。それゆえ年や月の始まりを決める権限があった。漢の武帝は初めて「年号」(元号)を定めた皇帝であった。
唐の時代[編集]
唐の時代は元会儀礼があり、九品以上の位階を有する官僚、地方の各州より上洛した使節団が皇帝に伺候する。
参考文献・注[編集]
- ↑ 【写真まとめ】悠仁さまが初出席「新年祝賀の儀」朝日新聞、2026年1月1日