平安朝茶道 淹茶道
平安朝茶道 淹茶道(へいあんちょうさどう えんちゃどう)は、平安時代初期の日本における飲茶様式および茶文化を継承・再現することを目的とした茶道の流派、またはその茶法である。
「平安朝茶道」「淹茶道」は宗家により商標登録されている。
平安時代初期の弘仁年間(9世紀前半)、唐(中国)への遣唐使や留学僧によって日本へ茶がもたらされた。平安朝茶道・淹茶道では、この平安初期に嵯峨天皇が愛好したとされる「淹茶(えんちゃ)」の伝統と精神を基嗣・普及させる流儀としている。
歴史と伝承[編集]
発祥と背景[編集]
『日本後紀』弘仁6年(815年)4月癸亥条には、大僧都永忠が近江国梵釈寺において嵯峨天皇に煎茶を奉献した旨が記録されている。平安朝茶道では、この時代に最澄・空海・嵯峨天皇によって開花した唐風の喫茶文化を起源とし、これら三偉人を流祖として位置付けている。 雅楽奏者・平安文化研究者でもあった初代宗師(家元)の長谷川景光によって、文献史料(『茶経』『類聚雑要抄』等)や復元器物の研究を通じた作法体系化が行われ、現代における流儀の基礎が整えられた。
継承体制[編集]
二代目宗家家元:中西景皇(中西聡)[編集]
初代家元の長谷川景光に師事し、平成31年(2019年)3月20日に二代目宗師 宗家家元を襲位。早稲田大学教育学部卒、英国セント・アンドリューズ大学留学。エンターテイメントプロデューサーや国立音楽大学准教授(演劇・ミュージカル)として活動する傍ら、流派の普及と研究指導を行っている。
副家元:中西景記(中西美由記)[編集]
副家元として二代目家元とともに教場や茶会の運営を支え、淹茶道および薫物(香道・薬香飾り等)の伝承・講座展開に携わっている。
特徴と演出[編集]
装束[編集]
平安貴族の正装とされる狩衣や烏帽子(男性)、小袿(女性)などの平安装束を着用して茶を点前・享受する。
茶器としつらえ[編集]
平安時代当時の意匠や復元茶器、唐風の調度品を用い、当時の宮中や貴族社会の空間様式を再構築して行われる。
他文化との複合[編集]
淹茶のみならず、平安時代に流行した薫物(たきもの/練香)などの香道体験や、和歌・かな文字などの平安文化と組み合わせて執り行われるのが特徴である。
拠点・普及活動[編集]
静岡県熱海市に専用の教場・体験施設である「浮月院(ふげついん)」が開設されており、東京から拠点を移して一般およびメディア向けの文化体験・普及活動が行われている。
脚注[編集]
出典[編集]
参考文献[編集]
- “源氏物語好き、お茶好きにはたまらない体験型観光スポットが誕生‼平安時代の総合芸術「淹茶道」体験会(熱海・來宮)”. PR TIMES (株式会社ジェー・ピー) (2022年9月7日). 2026年10月9日閲覧。
- “中西 景皇,淹茶道 / 株式会社ジェー・ピー”. The Focus (2022年). 2026年10月9日閲覧。
- “中西 聡(なかにし そう)教員プロフィール”. 国立音楽大学. 2026年10月9日閲覧。
- 『日本後紀』巻二十四 弘仁6年4月癸亥条(815年5月12日)
関連文献[編集]
- 「平安時代の茶道文化を復興!衰退を止め「日本文化の裾野を広げる」会社の挑戦」(2025年5月)、『社長名鑑』、レイサス社。