岐阜城の戦い

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岐阜城の戦い
戦争: 関ヶ原の戦い
年月日: 1600年8月23日
場所: 美濃国岐阜(岐阜県岐阜市)
結果: 東軍の勝利
交戦勢力
西軍 東軍
指揮官
織田秀信 福島正則
池田輝政
戦力
6000 35000
損害
不明 不明
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岐阜城の戦いとは、美濃国岐阜(岐阜県岐阜市)で行われた関ヶ原の戦いの前哨戦である。

経過[編集]

岐阜13万石の大名である信長の孫の織田秀信は西軍につき、福島正則ら東軍の侵攻を尾張竹ヶ鼻城、同犬山城及び美濃大垣城と協力して食い止めようとしていた。8月22日明け方秀信木曽川で迎え撃ったが渡河されてしまった([[河田木曽川渡河の戦い)。昼には米野村(笠松町)で迎え撃ったが敗北。また竹ヶ鼻城も落城してしまった。また犬山城も東軍と内通していたため援軍はなかった。大垣城からの援軍は迎撃され敗走した。8月23日に岐阜城も東軍の猛攻によって陥落する。祖父信長が攻略に7年を要した大城はわずか1日で陥落してしまった。西軍の首脳部も1日で陥落するだろうと考えておらず、対応が後手に回ってしまった。

関連項目[編集]