山名氏冬

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山名 氏冬(やまな うじふゆ、? - 正平25年/応安3年1月5日[1](1370年2月1日))は、南北朝時代の武将・守護大名。山名時氏の3男[1]。兄に師義、義理、弟に氏清、時義。子に氏家。因幡の守護。官位は中務大輔[1]。

生涯[編集]

康安元年/正平16年(1361年)に父の時氏や兄の師義と共に美作に攻め入り、同国を制圧する[1]。貞治元年/正平17年(1362年)には但馬に攻め入って一部を攻め取った[1]。丹波にも攻め入り、室町幕府軍と戦った[1]。貞治2年/正平18年(1363年)に時氏が幕府に帰順すると、その翌年に弟の時義と共に上洛した[1]。

正平25年/応安3年(1370年)1月5日、父に先立って死去した[1]。

脚注[編集]

  1. ↑ a b c d e f g h 安田元久 編『鎌倉・室町人名事典コンパクト版』新人物往来社、1990年、P625

参考文献[編集]