尹礼

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尹 礼(いん れい、生没年不詳)は、中国の後漢末期の武将[1]。『魏略』では盧 児(ろ じ)とある。

生涯[編集]

兗州泰山郡の出身[1]。呂布と曹操の戦いでは前者に与して戦い、198年に呂布が曹操に処刑されると身を隠したが、臧覇の降伏で召しだされて東莞郡の太守となった[1]。

222年に文帝が孫権を攻め、徐盛と全琮に敗れて戦死した魏の武将に尹盧という人物がおり、これは尹礼のことではないかと推測されている[1]。

『三国志演義』では呉敦・尹礼と共に山賊にされており、史実どおり呂布を助け、曹操に帰順した。

脚注[編集]

  1. ↑ a b c d 小出『三国志武将事典』P92

参考文献[編集]