写研

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写研(しゃけん)とは、東京都豊島区に本社のある日本の企業。

概要[編集]

写研の語源は、「写真植字機研究所」の略称で、写真植字の「写」と、研究所の「研」の2文字を組み合わせて「写研」と略したことに由来する。

写真植字機(写植)の開発や、古くから使われている独自の日本語書体の制作で知られる老舗企業である。正式名称は「株式会社写研」。業界の一つ。写研による書体は「写研書体」という。

写植は、文字盤を使い、写真の原理で、印刷用の文字に光を当て、印画紙に焼き付けて印刷する技術や印字物のことである。

「写研」と「写植」との違いは、「写研」は、写植の技術を支えた代表的なメーカーである。写植の書体は、写研の書体だけではなく、写植の全盛期には、いくつかの異なるメーカーが独自の写真植字機と専用の書体の文字盤を開発しており、写植のメーカーには、「写研」の他に、「モリサワ」がある。

1970年代以降の古くからの有名書体は、「ゴナ」「ゴカール」「ナール」「石井明朝」の4つが基本で、日本のデザイン界で広く使われた個性豊かな書体を数多く生み出した。

写研書体は昔からある伝統的な書体である。個性的なデザインの魅力を持ち、レトロで懐かしい、昭和っぽいデザインの代名詞である。

各書体の発売年月は、ゴナは1979年・1980年前後、ゴカールは1985年、ナールは1973年、石井明朝は1960年前後である。例として、1985年発売とは、1985年に完成、1985年に試作済のことである。

発売年代順で表すと、石井明朝→ナール→ゴナ→ゴカール。

「ゴナ」「ゴカール」「ナール」は、相対的な古さを感じる書体である。

写研時代の全ての書体「ゴナ、ゴカール、ナール、石井明朝」のイメージ・表情は、写研の時代にあったイメージや雰囲気や考え方を提示して作られている。

写研の機器は、機種によっては「アナログ式=手動写植機」と「デジタル式=コンピューター制御」の両方が使われている。キーボード+コンピューターを使って、デジタルフォント化のための、電算写植システムが普及した。「写研」の文字入力は、文字盤から手動で文字を探して印字する手動写植機と、独自の「一寸ノ巾(いっすんのはば)」キーボード、和文タイプライター由来の専用配列=あいうえお順・あかさたな順である「かなめくり入力」を用いた電算写植システムの方式がある。

写研の電算システムには、QWERTY配列のキーボードは無かった。

文字盤には、表面に複数の異なる各文字の並びが刻まれている。

写研の仕組みと入力方法は、手動写植機は、文字盤を使って、特定の目的の文字を目視で探し、手動でレバーを動かし、1文字ずつ光で印画紙に印刷していた。読み方がわからない難しい漢字でも、素早く探せる利点があったが、タイピングとは異なるスキルだった。特定の目的の文字を探すのに、慣れるまで時間がかかっていたため、手作業の速度に依存していた。

写真植字機のうち、文字サイズを変更して因果式焼き付けることを「サブプレート」という。

かつての印刷現場を支え、現在はデジタルフォントの開発・販売などを手がけている。

写植機、写研の文字盤は、1990年代以降、DTPの普及に伴い、1990年代後半以降、実用としての役目を終えている。その後、写研の機器「写植機、写研の文字盤」は、博物館や展示会などで、当時の技術や機械が記念として動態保存されている。

1990年代後半から、パソコンやDTPが普及してからは、写研の書体は、2000年代後半から2024年前半まで、一時的に使われなくなった。

写研の書体が、モリサワにてデジタルフォント化で再現されて発売される前の2024年前半までは、写研の書体は、パソコン環境において、Microsoft Wordの書体のフォント、DTPでは一切対応せず、フォントデータとして入れることが全くできず、写研専用の写植機でしか使えず、写研の文字盤の書体に、著作権・意匠権の権利関係が存在し、使用範囲が限定されていた可能性があった。2022年~2023年、写研の書体が絶滅危惧の話題がニュースや公式メディアで取り上げられた。理由と原因は、写研専用の写植機の劣化で、機械自体の維持に、徐々に寿命が近付き、修理部品の確保が困難になりそうだったからである。2013年に、写植用印画紙の供給終了。このままでは、本のオリジナルが写研時代の書体だった同じ題名の本が、改版や再版時に、書体が写研からモリサワのDTPフォントに更新されるかもしれない(石井中明朝→リュウミン、石井太明朝→リュウミンやヒラギノ明朝、ゴナ→新ゴ、ナール→じゅん)。今のうちに、写研の書体を、モリサワにて、パソコン使用可能のためデジタルフォント化し、将来後世に残しておくためである。

2021年、モリサワが、写研の共同開発で、写研の書体をデジタルフォント(OpenTypeフォント)化として復刻し、写研の書体を復活させるプロジェクトが発表された。公式発表は、2024年2月に、数年かけて、数年内に、写研の合計100書体を順次提供する計画が進められている。2024年10月以降、モリサワの「MORISAWA PASSPORT」「Morisawa Fonts」で、写研の書体の一部の太さ(ゴナE、総合書体版ゴカールH、ナールE、石井中明朝)を先行して発売し、43フォントを区切りに第1弾・第1段階として発売した。同じフォントでも、全ての太さが出ているわけではない。2025年10月に15書体追加している。

写研の書体は、2025年以後、数年をかけて、合計100書体から、2024年10月発売分の43書体を差し引いた、残りの写研の57書体を順次デジタル化して追加提供している。残りの写研の57書体には、写研で、同じ書体ファミリーの別の異なる太さが含まれ、「ゴナ:D、DB、B」「ゴカール (かな):D、DB、B」「総合書体版ゴカールE」の追加の予定を期待したい。モリサワや書体一覧において、書体を数える場合、書体数は、ブランド名(ファミリー名)(例:ゴナ)だけではなく、同じ書体の太さの1本を、個別に「1書体、1フォント」と数えるからである。

写研の残りの57書体は、2026年時点では、写研の100書体名の詳細な未発表リストは、公式に開示されていない。

2024年は邦文写真植字機の発明から100周年という記念の年で、偶然この年に合わせている。写研の書体が、モリサワにてデジタル(OpenType)フォント化された以降、「ゴナ」「ゴカール」「ナール」といった写研書体が、パソコン環境「Microsoft Word、Excel」で使うことができるようになった。

写研の書体を、パソコンのMicrosoft Wordで直接使うには、モリサワの写研のフォントサービスを導入する必要があるため、初期状態のWordには入っていない。

モリサワの定番製品に続くサービスは、「Morisawa Fonts」に当たる。

デジタルフォント化し、写研の書体が復活した今となっては、写研の書体「ゴナ」「ゴカール」「ナール」「石井明朝」は、「元・写研の書体」という表記になった。デザインのの起源が写研にあり、デジタルフォント化として復活したことから、「元・写研の書体」と呼ばれた。

もし、お探しの写研の書体の具体的な太さがあれば、現在発売されているラインナップに含まれているか調べて確認しなければならない。「ゴナ:Eのみ」「ゴカール:総合書体版Hのみ」。「ゴナE」では、もしMicrosoft Wordの文字サイズ「12.5」に換算すると、文字の細かい部分が少し潰れてちょっとわかりにくくなるため、書体のウェイト・太さでお勧めなのは、「ゴナ」では、ゴナEより2段階細い「ゴナDB」で、ゴナDBは、本文や小さめの文章の用途でも共通で使いやすく、ディテールが保たれやすい。

写研クラシックスは、オリジナルの写研書体に忠実に再現するため、当時実際に発売・使用された特定ウェイトを優先して復刻している傾向がある。ゴナは序盤では太字ファミリーで、まずは1979年発売である代表的なゴナEが先行。

写研の書体が、デジタルフォント化として復活したことにより、○○という表現の書体をゴナで再現という、調べたい再現ポイントがあるかもしれない。

「ゴナ」「ゴカール」「ナール」「石井明朝」「石井中明朝」という写研の書体が、2024年10月、モリサワにてデジタルフォントとして復刻された経緯の手順は、博物館に展示されている写植機と写研の文字盤を、関係者が特別許可で使って、写研の文字盤から直接文字を光で印画紙に焼き付けて読み取ったか、書籍の写研の書体に保管されていた字形を、プリンターでTIFFかPNG設定でスキャンして、スキャンした画像から読み取り、輪郭データをそのまま引っ張り出したか、写研から提供されたアウトラインデータを基盤に、仕様整理を行い、デジタルアウトラインデータを行ったのである。現代のパソコンのMorisawa Fontsなどのサービスを通じて、デジタル環境で誰でも綺麗にタイピングして使えるようになった。

写研の文字盤やシステムにおいて、半角カタカナは、書体として用意されているわけではない。半角カタカナは、1960年代後半から存在しており、1969年にJISとして、半角カタカナの文字コード「JIS X 0201(制定当時はJIS C 6220)」が制定された。文字の大きさを、全角より左右半分の幅にする変形機能を使うことは、昔から広く行われていた。数字、英字、一部の記号には、全角より左右の2分の1の幅を持つ「二分サイズ・半角サイズ」が用意されていた。

歴史[編集]

写研を創立したのは、創業者の石井茂吉と森澤信夫の2人によって共同開発され、1926年に設立した。

写植機は、2020年代前半は、発明から約100年近くを迎えた。

外部リンク[編集]