丹那トンネル

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熱海側

丹那トンネル(たんなトンネル)とは、東海道本線熱海 - 函南間にある全長7,804mの鉄道トンネルである。

概要[編集]

JR東日本JR東海の会社境界は来宮駅電留線上り場内信号機付近にあるため、丹那トンネルを所有しているのはJR東海である。

トンネルの西側は狩野川、東側は初川の流域である。

トンネルからの湧水は現在もあり、熱海市函南町上水道として活用されている。

歴史[編集]

前史[編集]

東海道本線は、着工当時に長大トンネルを掘削する技術が未発達で、かつ帝国議会開催までの速成が迫られたため、箱根外輪山に沿い、山北御殿場を経由して沼津へ至るルートで建設された。
しかしこのルートは25パーミル勾配が20km近く続いて補機が欠かせない上に、一度大雨が降れば土砂崩れで不通になるという輸送の隘路で、輸送力増強と安定化を目的に丹那盆地の地下をトンネルでぶち抜く新ルートの鉄路が着工されることとなった。これが丹那トンネルである。
なお、ルートは十国峠など複数が比較されたが、大臣の発言で熱海経由となった[注 1]

完成[編集]

1934年(昭和9年)12月1日にトンネルは開通した。
なお、当トンネルは開通当初から直流電化されている。これは全長が8km近いトンネルで安定的に排煙する技術が成熟しなかったのと、笹子トンネル清水トンネルでの電化先例があった事による。
このため、補機は不要になった一方、沼津での機関車交換が必要となった。

影響[編集]

接続路線[編集]

旧線の長泉村に設置されていた三島駅は新線上の現在地の駅名となり、駿豆鉄道と御殿場線となった旧線との接続は消されてしまい、戦後長らく残った旧駿豆鉄道の路盤も平成改元後あたりに崩された。

農業[編集]

トンネル建設中は本坑と地下水脈とかち合い、大量の湧水が工事の進行を阻んだ。
この大量出水により、地上の丹那盆地で渇水を引き起こし、作が出来なくなって酪農への転換が進み、豊かなワサビ田も消えたと長年言われていた。
しかし、丹那盆地は冷害に見舞われやすい上に火山灰地のために実際には稲作が難しく、ワサビ田も丹那村全体で一反(300坪≒991平方メートル)しかなく、業として行うには小さすぎとされている。

一方、酪農は明治初期から盛んに行われており[1][2]、酪農の成功で丹那盆地の人口は増え、渇水後も増加傾向は止まらなかったといわれ、むしろ集落近くに函南駅ができ、丹那牛乳の売り込みが容易になった好影響の方が大きいと思われる。
これらのことから、トンネル工事での出水は鉄道公害伝説化していることが判明している。

アクセス[編集]

  • 東側入口
  • 伊東線来宮駅から約0.3km。
  • 西側入口
  • 東海道本線函南駅から約0.5km。

脚注[編集]

注釈
  1. 熱海へは1900年に豆相人車鉄道(後に熱海鉄道)、1925年に国鉄熱海線が通じた。
出典