上杉ミツ子

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うえすぎ ミツこ
上杉 ミツ子
ファイル:Mitsuko Uesugi.jpg
基本情報
女性
生誕: 1907年8月20日
日本国旗.png日本・宮崎県 延岡市
死没: 2018年4月30日
日本国旗.png日本・茨城県石岡市
死因: 老衰
年齢: 110歳253日
: 日本国旗.png日本
職業: 刺繍作家
ステータス
GRG: 検証済み
故人

上杉 ミツ子(うえすぎ ミツこ、1907年〈明治40年〉8月20日 - 2018年〈平成30年〉4月30日)は、日本の刺繍作家、スーパーセンテナリアンの女性であり、その年齢はジェロントロジー・リサーチ・グループ(GRG)により検証された。

生涯[編集]

1907年8月20日、宮崎県延岡町(現・延岡市)に生まれた[1]。10代の頃には和裁の職業学校に通い、基礎的な裁縫技術を習得した[2]。19歳で結婚し、2男5女をもうけた。夫婦で自動車販売店を経営していたが、夫が49歳で急逝したため、43歳で会社を引き継ぎ、社長として約70人の従業員を抱える事業を切り盛りした。会長職には105歳までとどまり、社長としての実務からは70代で退いた[3][2][4]

もともと裁縫を好んでおり、趣味として刺繍を始めた。市の文化センターの講座に1度参加したのみで、以後は手芸店のスタッフの助言を受けながら独学で技術を磨いた。また、90歳頃までは海外旅行を楽しみ、旅の記憶を刺繍作品として表現した[3][2]

94歳の時、次男が暮らす茨城県石岡市へ転居し、市内の高齢者施設に入居した。この頃から刺繍制作に本格的に取り組み、県展で多数受賞したほか、個展の開催やNHKの人気番組での紹介など、幅広く注目を集めた。著名人に「一度は結婚しておくのがよいですよ」とユーモアを交えて助言することでも知られた[2]

107歳で大腿骨を骨折した後は体力が低下し制作時間も減ったものの、1日約4時間の刺繍制作を続けた。白内障手術を受けたほかには大きな持病はなく、好物は肉で、長寿の秘訣を「好きなことをコツコツ続けること」と語っていた。生活は規則的で、午前6時頃に起床し、午後9時頃に就寝したという[3][2]

2018年4月30日、110歳253日で老衰のため死去した[1]

脚注[編集]

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  1. a b List of validated supercentenarians in Japan | Gerontology Research Group” (英語). 2025年12月7日確認。
  2. a b c d e Mitsuko Uesugi” (英語). LongeviQuest. 2025年12月7日確認。
  3. a b c 【茨城新聞】107歳心込めた一針 石岡、刺しゅう作家・上杉さん個展” (日本語). 茨城新聞クロスアイ. 2025年12月7日確認。
  4. 茨城新聞 (2023年5月19日). “110歳、魂込めた一針 茨城・石岡の故上杉ミツ子さん 人柄しのぶ刺しゅう展 家族や写真家が企画 | きたかんナビ” (日本語). 2025年12月7日確認。