ライ麦パン
ライ麦パン(らいむきパン)は、ライ麦を混入もしくはそのまま使ったパンの事である。
概要[編集]
よく輸入食料品店で売られている「フンパーニッケル」がそれに該当する。味は独特の風味と酸味があり、スモークサーモンやクリームチーズをのせて食べる。日本人向けの味ではないので、注意を要する。ただし食物繊維が豊富なのでお通じにはいい。
そのせいか、日本では普通の食パンにライ麦を混入させたものが主流である。
ライ麦パンと黒パン[編集]
ライ麦・玄米・全粒小麦の黒い色の原因[編集]
ライ麦、玄米、全粒小麦(全粒粉)を使用した食品(パン、ご飯など)が黒くなるのは、主に外皮(フスマ)や胚芽に含まれる成分と、調理・焼成時の化学反応による。以下に、共通の要因と各素材の特徴を整理する。
共通の要因[編集]
以下の要因が、ライ麦、玄米、全粒小麦の黒い色に寄与する。
- フスマ・胚芽の成分: 外皮や胚芽に含まれるフェノール化合物、リグニン、タンニンが、加熱や酸化により茶色から黒っぽい色を形成。全粒穀物ではこれらの成分が多く、色が濃くなる。
- メイラード反応: 高温調理(焼成、炊飯、焙煎など)で、糖類とアミノ酸が反応し、茶褐色から黒っぽい色を生む。特にパンの表面や玄米の糠層で顕著。
- 酸化反応: 外皮の成分が熱や空気にさらされ酸化し、色を濃くする。
素材ごとの特徴[編集]
各素材の色の原因には、共通点に加え、以下の特有の要因がある。
ライ麦[編集]
- フスマの影響: ライ麦のフスマはフェノール化合物やリグニンが特に豊富で、焼成や発酵中に濃い色を形成。胚乳は明るいが、フスマの割合が多い全粒ライ麦粉では黒っぽさが強い。
- 製法: サワー種使用や長時間低温焼成(例:プンパーニッケル)で、酸化やメイラード反応が強調され、黒い色が特徴的。
- アントシアニン: ライ麦にはアントシアニンがほぼ含まれておらず、色の主因ではない。
玄米[編集]
- 糠層の影響: 玄米の糠層に含まれるフェノール化合物が、炊飯や焙煎時に酸化やメイラード反応を起こし、黒っぽい(または赤褐色)色を生む。
- アントシアニン: 黒米や赤米ではアントシアニンが紫や赤の色調を一部与えるが、通常の玄米ではその影響は少なく、フェノール化合物が主因。
- 調理法: 炊飯時の水分や圧力、高温焙煎(例:玄米茶)で色が濃くなる。
全粒小麦[編集]
- フスマの影響: 全粒小麦のフスマに含まれるフェノール化合物やリグニンが、焼成中に酸化やメイラード反応を起こし、茶色から黒っぽい色を形成。
- 製法: 全粒小麦パンは、ライ麦パンよりフスマの色素が少なく、色は比較的明るめ。ただし、サワー種や高温焼成で色が濃くなる。
- アントシアニン: 全粒小麦でもアントシアニンはほぼ無く、色の主因ではない。
相違点[編集]
- 色素の濃度: ライ麦のフスマはフェノール化合物やリグニンが多く、黒っぽさが強い。玄米は糠層の影響で赤褐色から黒っぽい色に。全粒小麦はこれらがやや少なく、色がやや明るい。
- アントシアニン: 玄米(特に黒米・赤米)ではアントシアニンが一部影響するが、ライ麦や全粒小麦ではほぼ無関係。
- 調理法の影響: ライ麦と全粒小麦は焼成(パン)、玄米は炊飯や焙煎が主で、調理法による色の出方が異なる。
ライ麦パンの作り方[編集]
100%ライ麦粉を使用し、サワードウ(サワー種)を発酵に用いたライ麦パンは、伝統的な北欧やドイツのスタイルを代表する。ライ麦粉はグルテンが弱く、粘度が高いため、発酵と成形に独特の技術が必要である。以下は、標準的な作り方の手順である。
材料(1斤分、約500gのローフパン):
- ライ麦全粒粉:400g
- 水:320g(ライ麦粉の80%、生地の水分量を調整)
- アクティブなサワードウスターター(ライ麦ベース):80g
- 塩:8g
- (オプション)カラウェイシードやコリアンダーシード:小さじ1~2
手順:
- サワードウの準備:アクティブなサワードウスターターを用意する。ライ麦粉と水(1:1)を混ぜ、12~24時間発酵させ、泡立ちが活発な状態にする。スターターは使用前に「リフレッシュ」(粉と水を追加して発酵)しておく。
- 生地作り:ボウルにライ麦粉、水、サワードウスターター、塩を入れ、木べらや手でよく混ぜる。ライ麦粉は吸水性が高いため、粘り気のある生地になる。必要に応じてカラウェイシードを加える。こねる必要はなく、均一に混ざれば十分。
- 一次発酵:生地を覆い、室温(20~25℃)で8~12時間発酵させる。サワードウの乳酸菌とイースト菌が働き、生地がわずかに膨らみ、酸味が増す。発酵時間は温度やスターターの活性度で調整する。
- 成形:発酵後、生地を軽く混ぜてガスを抜き、油を塗ったローフ型(またはバヌトン)に移す。ライ麦生地は粘度が高く、自由成形は難しいため、型を使うのが一般的。表面を滑らかに整える。
- 二次発酵:型に入れた生地を覆い、1~2時間発酵させる。生地が型の上部まで膨らむのを待つ。
- 焼成:オーブンを230℃に予熱し、蒸気を入れる(スチーム機能または耐熱容器に水を入れる)。生地を型ごとオーブンに入れ、10分間蒸気焼きした後、蒸気を抜き、200℃に下げて40~50分焼く。内部温度が95℃以上になれば焼き上がり。
- 冷却:焼き上がったパンを型から外し、網の上で完全に冷ます(最低2時間)。ライ麦パンは水分が多く、冷ますことで食感が安定する。
- 保存:冷めたパンは布で包み、常温で3~5日、冷蔵で1週間保存可能。酸味によりカビが生えにくい。
注意点:
- ライ麦生地は小麦生地と異なり、こねてもグルテンが形成されないため、過度なこねは不要。
- サワードウの活性度が弱い場合、発酵時間が長くなる。スターターの酸味がパンの風味に影響する。
- 焼成時の蒸気は、硬いクラスト(皮)を防ぎ、滑らかな表面を作るために重要。
この方法は、ドイツのロッゲンブロートやフィンランドのruisleipäに近いパンを作り出す。地域や好みに応じて、ライ麦粉の粗さやスパイスの種類を調整する。
食べ方[編集]
中世ヨーロッパでは、ライ麦パンの貯蔵習慣が食文化に大きな影響を与えた。農村では、1週間から数ヶ月ごとに大量のパンを焼き、納屋や地下室に貯蔵する習慣があった。ライムギの酸味とサワードウの発酵により、ライ麦パンはカビや腐敗に強く、数ヶ月保存が可能だった。古くなったライ麦パンはナイフも通らないほど硬くなった。そのため「パン切りナイフ」で薄く削ぐなど、予め適当な大きさに切って保存した。硬くなったパンは水や酒やスープに浸して柔らかくして食べる他、粥やスープにして食べた。この貯蔵習慣は、季節的な食糧不足や長期間の旅行(例:巡礼や軍事遠征)に備えるための実践的な方法だった。
各国におけるライ麦パンと文化的意義[編集]
ロシアにおけるライ麦パン[編集]
ロシアでは「ржаной хлеб」(ržanoj chleb)または「чёрный хлеб」(čërnyj chleb、黒パン)と呼ばれ、国民食として親しまれる。コリアンダーや麦芽を使ったボロディンスキイ・フリェプや、モスクワパンが代表的。ライ麦パン(黒パン)は結婚式や祝宴で象徴的に用いられる。「パンは杖である——黒くてもおいしい」などのことわざに登場。
フィンランドにおけるライ麦パン[編集]
フィンランドのライ麦パン(ruisleipä)は、油分が少なく湿り気が少ない。直ライ麦パン(ruisreikäleipä、中央に穴のあるパン)が知られ、2017年に国民食に選ばれ、2月28日は「ライ麦パンの日」。家庭やレストランで日常的に食される。
デンマークにおけるライ麦パン[編集]
デンマークのrugbrød(ルグブロー)は、濃い色と密度の高い食感が特徴。サワードウで作られ、昼食のオープンサンドイッチ(smørrebrød)の基盤となる。rugbrødは文化的アイデンティティの一部。
スウェーデンにおけるライ麦パン[編集]
スウェーデンでは、薄く硬いライ麦パン(knäckebröd)が一般的。長期保存が可能で、バターやチーズをのせて食される。
フランスにおけるライ麦パン[編集]
フランスの「pain de seigle」(pain noir)は、ライ麦粉65%以上でなければならない。10%~65%は「pain au seigle」、同量の場合は「pain de méteil」。チーズやシャルキュトリーと相性が良く、コリントレーズンを含む「Benoîton」がある。田舎の伝統的な食事として、チーズやワインと合わせられ、地域の食文化を象徴。
イタリアにおけるライ麦パン[編集]
イタリアの「pane di segale」(pane nero)は、北部のアルト・アディジェ(Vinschger Paarl、Schüttelbrot)やヴァッレ・ダオスタ(Micòoula)で地域文化に根付き、伝統的な祭りで食される。
スイスにおけるライ麦パン[編集]
スイスの「pain de seigle valaisan」はヴァレー地方の誇りで、観光資源としても重要。AOP認定を受け、中世にさかのぼる。ラクレットチーズと合わせられる。
ユダヤ系のライ麦パン[編集]
ユダヤ系のライ麦パンは小麦とライ麦を混ぜ、カラウェイシードを加える。アメリカではライトライやパンパーニッケル、イスラエルではアシュケナージスタイルが一般的。コミュニティの結束を象徴。アメリカのデリ文化でサンドイッチに欠かせない。