モナドの領域
『モナドの領域』(モナドのりょういき)は、筒井康隆の長編小説。
筒井自らが「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」と宣言する小説である[1]。
概要[編集]
筒井康隆の長編小説としては2年半ぶりとなる作品である[1]。
本作では「神」について書かれており、これが筒井自身にとっても、文芸としても最終的なテーマであるとし、これ以上は書くことがないため「最後の長編」と宣言している[1]。なお、本作が何らかの文芸賞を獲得したら、賞の主催社の雑誌に何か執筆する必要が出てくるので「カーテンコール」と題して、これまで筒井が執筆してきた小説の主人公が次々と出てくる話を書く、さらに執筆依頼が来るようなら「プレイバック」と題して、自身の小説のあちこちの文章をぐちゃぐちゃに繋げたものを書くと冗談を述べている[1]。
あらすじ[編集]
河川敷で切断された女性の腕が発見された。バラバラ殺人かとも思われたが、片腕以外は発見されなかった。
数日後、駅前の商店街にあるパン屋「アート・ベーカリー」で人間の片腕の形をしたバゲットが販売され、グロテスクな外見と絶妙な味わいから人気を集め、話題となっていた。このパンを作ったのは、美大生でアルバイト店員の栗本健人。アード・ベーカリーの常連客でもあった美大教授の結野楯夫は2000円という価格にも関わらず、腕形バゲットを衝動買いしてしまう。結野が新聞の文化欄で連載しているコラムに腕形バゲットについて書いたことで、河川敷で見つかった腕とアート・ベーカリーとの関連疑惑が浮上した。事件を担当している上代真一警部は栗本に事情聴取を行おうとしたが、栗本は獲得したバイド代でパリに旅行へと出かけていた。
日課となっている遅めの朝食をアート・ベーカリーで採った結野は、駅前の大通りとは逆方向にある公園で買い物帰りの主婦・伊藤治子に話しかけられる。結野は3週間と4日前に伊藤の家の空き巣が入ったことを言い当てた。結野の周囲には人だかりが出来、紛失した宝石の在処から進学・就職先までを質問攻めが始まる。結野の講義が突然に休講になったことを不審に思った高須美禰子は公園で、結野を見つける。この騒ぎに警察も出動することになり、応援のために上代も駆り出された。上代は結野の異様な瞳の輝きに、栗本との同一性を疑う。
結野は騒ぎを起こしたかどで逮捕され、裁判にかけられることになった。結野にすっかり心酔するようになった伊藤と高須は結野の無実を証明するために奔走する。裁判当日、詰めかける傍聴人やマスコミ関係者を収容するため、裁判は大法廷での開催となった。結野は手錠に腰縄姿であったが、その眼に輝きを宿していた。裁判長に名前を問われた結野は、自分が「GOD」であると宣言した。検察側の追及や挑発行為にも動じず、「GOD」は遅れて入ってくる新聞記者の到着時刻や、遠く離れたサウジアラビアでこれから起きる自爆テロについても言い当て、大法廷で傍聴する人々も「GOD」の実在を信じるようになった。執行猶予2年の判決が下る。「GOD」は伊藤をマネージャーに、高須を付き人に任命した。
「GOD」は2時間の生放送番組に1000万円のギャラで出演することになった。多くの人の質問に答えた「GOD」は、番組視聴者に向けて「無限の世界」の存在を宣言した。
「GOD」は上代と密会し、河川敷で発見された片腕は本来この世界には存在しなかったはずの女性のものであること、栗本に憑依して腕形バゲットを作ったこと、結野の肉体を借りて公園や裁判で人間と対話したことを明かし、これらはふたつの世界の間に生じた綻びを繕うためと説明した。全てが元通りになったので、「GOD」は自らの存在を人間たちの記憶から消し去った。
気が付くと高須は美大のキャンパスに居て、栗本とすれ違っていた。栗本は念願だったパリ旅行が、近々実現しそうだと期待を膨らませていた。伊藤は買い物帰りに公園に立ち寄り、上代は本署の屋外喫煙所で勝利感に満ちた表情を浮かべる。
日課となっている遅めの朝食をアート・ベーカリーで食べるべく、いつもの席に座った結野は、自分の銀行口座の預金額が1000万円も増えている理由を思い出せずにいた。
登場人物[編集]
- 上代 真一(かみだい しんいち)
- 殺人事件の捜査を担当する警部。
- 50歳を超えているが、衰えの無い美貌の持ち主。
- 栗本 健人(くりもと けんと)
- 美大生で、「アート・ベーカリー」でアルバイト店員をしている。
- 身長は180センチメートルを超し、髭を蓄えた面長な顔立ちから聖人を思わせる風貌をしている。
- 結野 楯夫(ゆいの たてお)
- 美大の教授。専攻は西洋美術史。
- 4年前に妻に先立たれている。アート・ベーカリーで午前11時頃に遅めの朝食をとるのが日課となっている。
- 伊藤 治子(いとう はるこ)
- 主婦。GODのマネージャーを務める。
- 高須 美禰子(たかす みねこ)
- 美大の女子学生。GODの付き人を務める。
- 刑事たち
執筆の経緯[編集]
筒井は、人間の片腕の形をしたパン(バゲット)というアイデアから何か短篇小説が書けないものかと考えていた[1]。ここに筒井が昔から考えていた神というテーマがくっついて本作が誕生した[1]。
作中に登場する刑事たちの名前は、NHK BSのニュース番組のアナウンサー名を借用している[1]。たとえば、「上代真一(警部)」の名前は筒井がは大ファンでもある上代真希から採られている[1]。
また、本作の執筆時期に1994年公開のリチャード・アッテンボロー主演映画『34丁目の奇跡』を衛星放送で観て、サンタクロースが法廷に出頭する場面から、神が法廷に引っ張り出される場面を想起した[1]。さらに法廷の場面だけでは突っ込んだことが言えないため、テレビ中継の場面が作りこまれ、いろんな質問が行われるようにした[1]。