チャールズ・ブロンソン
うーん、マンダム[1]
チャールズ・ブロンソン(1921年11月3日 - 2003年8月30日)とはアメリカの映画俳優。
出演した映画[編集]
など
人物[編集]
リトアニア系移民の息子である。
家庭では英語をあまり話さなかったため、学校の授業は殆ど理解できなかった。
父は炭鉱で働いていたがチャールズを含め子供が15人もいて、貧しい暮らしをしていたという。チャールズが10歳のときに父は炭鉱で死に、彼も炭鉱で働くようになった。
服がなく、姉のワンピースを着て学校に行ったこともあった。
これらのことから、オーディションに何回落ちても平気なストレスに強い男になったのである。
第二次大戦では陸軍航空隊に入った。彼に取って、軍隊の方が炭鉱よりも楽だったようである。
大脱走や荒野の七人などの大作で脇役を務め有名になり、狼よさらばで主役を務めて、伝説の映画俳優となった。
マンダムのCM[編集]
日本の男性向け化粧品会社マンダムのCMに出演している[1]。CMは1970年7月から始まり、1979年まで5本が製作されている[1]。
当時、「丹頂」だった社名をマンダムに変更するほどのヒットとなっている。また、日本のテレビCMでハリウッドスターを起用した最初の事例ともなっている。
CM内容[編集]
使用楽曲は、ジェリー・ウォレスの「男の世界(LOVERS OF THE WORLD)」。
アメリカ合衆国西部のモニュメントバレーを舞台に、チャールズ・ブロンソンが馬に乗って登場する[1]。水辺にたどり着いたブロンソンは被っていたテンガロンハットで汲んだ水を自分の頭から被る[1]。ブロンソンは顎をなでながら「うーん、マンダム」の台詞を発する[1]。
製作の経緯[編集]
マンダムの商品コンセプトは「男の体臭をまぶす」であった[1]。同社のCM制作チームは、知性やたくましさ、愛情を「理想の男性像」としてこれを表現できる役者を探しており、当時、売り出し中であったブロンソンに目を付けた[1]。マンダムはハリウッドに伝手が無かったので、ブロンソンに電報を打ち、直接交渉に臨んだ[1]。当初、ブロンソンは何故に自分が選ばれたのか判らず、CMのために髭を剃ることは了承しなかった[1]。しかし、CM制作チームは「今のままのあなたで、マンダムシリーズの『男の体臭』を表現して欲しい」と口説いたことで出演を了承したと伝えられている[1]。出演料は当時の同社としては奮発した金額であったが、ハリウッドスターのCM出演料としては抑えられた金額であった[1]。
CMの監督は、後に映画監督としても知られるようになる大林宣彦である[1]。台本では「マンダム 男の世界」のナレーションが入り、これが決め言葉になることになっていたが、大林は「ブロンソン自身が語る何かがほしい」と考え、撮影の合間に髭を頻繁に触るブロンソンの仕草を見たことから、髭を触りながら「うーん、マンダム」と語ることをひらめいた[1]。
その他[編集]
日本を空襲したB-29の搭乗員だったという。