ケーニヒグレッツ行進曲
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ケーニヒグレッツ行進曲(ドイツ語:Königgrätzer Marsch)とは、ドイツの軍隊行進曲である。
プロイセン王国の軍楽隊員であるヨハン・ゴットフリート・ピーフケは、1866年7月3日のケーニヒグレッツの戦いでプロイセン王国がオーストリア帝国に勝利した記念で、この行進曲を作曲した。
ピーフケはこの行進曲の草稿を戦場で書いたと言われている。この行進曲は2部から構成されており、最初の部分ではプロセイン群第1部隊とオーストリア軍との決着のつかない交戦を表し、2つ目の部分では、プロイセンの増援部隊の決定的な到着を描写している。ピーフケはホーエンフリードベルク行進曲をケーニヒグレッツ行進曲のトリオとして挿入した。これは、おそらくフリードリヒ2世のオーストリア軍に対する勝利を記念するためであったと思われる。さらに、ピーフケは、別のトリオを挿入したケーニヒグレッツ行進曲を作曲したが、このバージョンは今日ではほとんど知られていない。
ケーニヒグレッツ行進曲は、オルデンブルク第91歩兵隊の連隊行進曲であった。
ケーニヒグレッツ行進曲は、今日でも有名で人気のあるドイツの行進曲の一つであり。ドイツ連邦軍の公式行事などで頻繁に演奏される。しかし、この行進曲は逆に言えばオーストリアが負けたことを意味しているのでオーストリアでは今でもめったに耳にすることはない。