ウクライナ21

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ウクライナ21とは、ウクライナドニプロペトロウシク州に住む若者らが男性を拷問し殺害することを映した映像の総称である。

概要[編集]

「21」はこれらの事件で殺害された人物の数であり、それらの殺人映像が販売される予定だったことから「有史初のスナッフフィルム」ともいわれる。男性を拷問し、その様子を撮影した3人の若者は「ドニプロペトロウシクの狂人たち」と呼ばれる。

主犯は当時18歳であったヴィクトル・イーホロヴィチ・サイェンコとイーゴル・ヴォロディームィロヴィチ・スプルニュークであり、アレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・ハンジャーも途中まで共謀していた。ヴィクトルとイーゴルは21件の殺人罪で終身刑となり、アレクサンドルは武装強盗で懲役9年となった。

アレクサンドルは血液恐怖症を患っていたため殺人はせず、強盗のみして途中からグループから抜けた。そのため、ヴィクトルとイーゴルと比べると軽い刑が言い渡された。なお、強盗にはヴィクトルとイーゴルも参加しており、彼らは強盗で奪った物を売ってお金にしていた。

犯行[編集]

この3人たちは彼らをいじめていたいじめっ子に対する恐怖を克服するためにアドルフ・ヒトラーに傾倒し、ハーケンクロイツを描いたりちょび髭を伸ばしていたりした。そして15階のバルコニーに長時間立ったり手すりにぶら下がったりするなど、謎の「度胸試し」をしていた。そしてどんどん「度胸試し」はエスカレートし、やがて野良犬や野良猫を捕まえてきて暴行を加え、木に張り付けて内臓を取り出した写真を撮影するなど犯罪まがいの行為に発展することとなっていった。

そしてこの事件が発生する2年前には、イーゴルがとある少年を殴り倒して自転車を奪い、ヴィクトルに売った。この事件が発生すると彼らは補導された。そしてその後ヴィクトルとハンジャーはバイトを始めたが、イーゴルは無職だった。だが、誕生日に両親から送られたコンパクトセダンをタクシーに見えるようにし、他2人とともにタクシーと思って乗ってきた客の金品を奪うなどの行為をしていった。そしてそれらの事件の中で、人々が拷問・殺害されるという事態が起こったのである。

主に殺人を行ったヴィクトルとイーゴルは終身刑となったが、このような残忍な事件の犯罪者は死刑にするべきだという考えがウクライナ国内では多かった。なお、ウクライナではすでに死刑制度は廃止されている。

犯行映像は動画配信サイトなどで2008年頃から共有され始め、検索してはいけない言葉ウィキでは危険度6に指定されている。

動画の内容[編集]

ここからは事件の様子を撮影した映像の概要について解説します。自己責任でご覧ください。
 

まず、針葉樹林の中で男性が横たわっているところから始まる。そこを一人の若者が鈍器のようなもので顔を負傷させる。顔は血まみれになり、もはや原型をとどめていない。その後撮影者がアイスピックを取り出し、男性の腹部を何度も刺し内臓を抉る。

男性は苦しがっている様子だが、あまり抵抗は見せない。そして撮影者は男性の眼球をアイスピックで何度も刺す。これには男性も抵抗し、刺された後は目をかばうような動作を見せる。そしてその後男性に対して致命傷を与えず瀕死の状態のまま逃走し、コンパクトセダンに積んだ水で血に汚れた手や道具を洗い流すところで動画が終了する。

関連項目[編集]