よみもの:過疎ぺディアの行末

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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過疎ぺディア

それはEnpediaやアンサイクロペディア、そして最大手のwikipediaのような様々な人から脚光を浴びる大手Wikiとは対を為すような「影」に星の数ほど存在するもの。そんな過疎ぺディアの未来を考えてみたいと思う。

過疎ぺディアはなぜできてしまうのか[編集]

総合百科事典系Wikiの場合[編集]

過疎ぺディアと一口に言ってもその成立理由やWikiが扱っているスコープはさまざまである。筆者の運営しているエダペディアは元を辿れば亡命ぺディアであったし、もう一つ筆者が運営しているきっぷwikiはそういうサイトが欲しいから作ったという全く違う経緯を持っている。が、総合百科事典系のWikiは亡命ぺディアである傾向が高いように見える。亡命で作ったwikiというのは大手Wikiから出て行かざるをえなくなった利用者が作るということであり、コミュニティの気質に合わない一匹狼で、行動力を持つ人が作るのではないだろうか。しかし当初は栄えていても段々別のコミュニティから別の利用者が流入し結局馴染めなかったコミュニティのような雰囲気が形成されていき、最終的に「何か」が起こり編集者が極端に減るか、創設者が去っていくかのどちらかであろう。エダペディアは創設者が活動しているときは栄えていて、活動していな時期は過疎という謎のジンクスがある。ただ、創設者一人の頑張りがエグかったが故の可能性も大いにある。と、まあこのように総合百科事典系のWikiは過疎る理由が複雑なことが多い。

専門的なwikiの場合[編集]

ではスコープの狭い専門的なWikiはどうだろう。「書く人がいない」これに尽きる。総合百科事典の場合はそのWikiで書ける記事のジャンルはかなり幅広い。しかし専門的なwikiではそうはいかない。ロブロックスのwikiで編集するならロブロックスの知識が必要だし、ベイクドモチョチョについて書くwikiを編集するならベイクドモチョチョについての知識が必要である。つまり編集者がある程度絞られるのだ。ただでさえ少ないMediawikiの人口の中で。編集者が少ないということは過疎るのは自明である。しかし専門的なwiki全てが過疎るとは限らない。例えばポケモンwikiはポケモンを好きな人が多いことや歴史の長さからか編集が他の専門的なwikiサイトに比べて明らかに多い。wikiで扱っている分野も過疎るか過疎らないかをわけるのかもしれない。

過疎ぺディアに未来はあるのか[編集]

総合百科事典系wikiの場合[編集]

正直未来があるかと言われるとあまりないと思っている。この世の大体の事柄はwikipediaで調べればいいし、アニメなどのサブカル的な事柄を調べたければニコ百やピク百がある。それでも載ってなければEnpediaがある。あとどこに枠がある?ないだろう。最近Mirahezeでは総合百科事典をスコープにしたwikiの作成が禁じられた。おそらく総合百科事典系wikiは徐々に数を減らしていき、最終的に一定の数で安定するのではないだろうか。

専門的なwikiの場合[編集]

こちらは希望ものぞみもあると思う。専門的な事柄、ggっても出てこないもしくはわかりにくい情報をまとめることができれば情報源となる。それは大きな閲覧者の流入に繋がり、編集者の獲得にもつながることだろう。しかし問題点は一つ。意外とWikiサイトを編集できると思っている人は現代には少ない。そのため(この内容書きたいな…けど書けないな)がありえる。そのためには編集のしやすい環境(例:ビジュアルエディター)と編集ができる(例:sitenoticeなどを用いた宣伝)というアピールが大事だと思う。編集者が増えなくても創設者、もしくは創設者を継ぐもののモチベがある限り、そのサイトは無限に続いていくはずだ。そうすればいつかもしかしたら芽が光の指すところへ出てくるかもしれない。辛抱強くやることが大事だと僕は思う。