奉飯
奉飯(ほうはん)は、三重県熊野市の産田神社で行われる行事食の名称[1]。「奉飯のさんまずし」とも呼ばれる[1]。
概要[編集]
産田神社での1月の大祭と11月の新嘗祭の直会で食される膳を「奉飯」と呼び[1]、これを食することを「奉飯の儀」と呼ぶ[2]。
奉飯にはサンマを用いた押し寿司である「さんまずし」を食する[1]。通常のさんまずしでは、サンマの中骨は取り除かれているものであるが、奉飯で供されるさんまずしでは中骨を取り除かない骨付きのサンマを用いる[1]。また、一般的に寿司に用いる魚は、魚のはらわたを傷つけず、背骨の処理がしやすいことから背開きとすることが多いが、奉飯のさんまずしに用いるサンマは腹開きにされている[2]。膳は、この骨付きさんまずしに加え、白味噌汁をかけた汁飯、生魚の切り身の唐辛子和え、神酒が供される[1]。
この地域では「
骨付きを食べるのは、「気骨のある子に育ってほしい」という願掛けや、カルシウムを補う意味もあったのではないかと推測されている[3]。
なお、産田神社での1月の大祭と11月の新嘗祭では、一般の参拝客も奉飯と同じ膳を食することができる[2]。
産田神社の鳥居前には「さんま寿し発祥の地」という案内が建てられている[3]。
さんまずし[編集]
産田神社は日本神話において、イザナミ(伊邪那美命)が火神・カグツチ(火之迦具土神)を産んだ地とされている[2]。このため、産田神社は古来より、安産と子育てを祈願する神社とされてきていた[2]。
また、イザナミは(カグツチ以前に産んだ)子神の丈夫な成長を願って骨付きのさんまずしを食べさせたとも言われており、これを根拠に産田神社は「さんまずし発祥の地」ともされ、2004年には熊野市内のさんまずし製造・販売業者で「熊野市さんま寿し保存会」が設立されると共に、「熊野のさんまずしは日本最古」をPRし、1月10日を「さんま寿しの日」として宣言したテンプレート:R:3。
サンマを用いたさんまずしは、熊野灘の名物ともなっている[2]。サンマは夏から秋にかけて北海道から南下してくるのだが、熊野灘あたりに来る頃のサンマは脂が抜けてしまっている[2]。このため、熊野灘で獲れるサンマは焼き魚には向かないものの、甘い酢がよくなじむほどに淡泊であり、寿司にするのは適した味加減となっている[2]。
各地域での違い[編集]
この地域ではなれずしも熟成期間が短い「ナマナレ」であり、さんまずしも熟成期間は短い[2]。日比野光敏[4]は、この地域のさんまずしをなれずしから早ずしへの変容時期を表すのではないか、奉飯用に骨を残すのもナマナレ時代の名残りではないかと推測している[2]。
また、狭いながらも、地域によって以下の様に差異がある[2]。
- 熊野市
-
- 通常に食するさんまずし用サンマは背開き。奉飯用は腹開き。
- 辛みにワサビを使う。
- 尾鷲市
-
- 通常に食するさんまずし用サンマも腹開き。
- 辛みに洋ガラシを使う。