鬼ひも川
鬼ひも川(おにひもかわ)は、群馬県館林市で創業したうどん店「花山うどん」で提供されている幅が約5センチメートル、厚みが約1.5ミリメートルの薄く幅広いうどん麺である[1]。館林うどんの一種。
概要[編集]
幅が約5センチメートル、厚みが約1.5ミリメートルの薄く幅広いうどん麺であるのが特徴となっている[1]。群馬産の小麦はうどんに製麺した際に粘り気が出てることで、モチッとした食感になる[1]。このため、うどん生地が厚過ぎると口の中でモゴモゴして美味しさを感じられなくなる[1]。このため、花山うどんでは0.1ミリメートル単位で厚みを調整し、モチッとした食感と喉越しの両方を感じられるようにしている[1]。
通常のうどんつゆで鬼ひも川を食べても十分に美味しいのだが、カレー、クリーム系、胡麻つゆといったねっとりしたつけダレと合わせるの美味い[1]。
歴史[編集]
群馬県は古くから小麦の産地であり、小麦文化が浸透している[1]。かつて群馬県内には「一家に一台、家庭用の製麺機があった」という話や、「麺(うどん)を打てなければ嫁に行けない」という風潮すらあった[1]。そんな舘林で、1894年に贈答用のうどんの製造・販売業として「花山うどん」が創業する[1]。
この当時、館林市を含む東毛地域(群馬県南東部一帯)では幅広の「ひもかわうどん」の人気が高かった[1]。ひもかわうどんとは三河国芋川(現・愛知県刈谷市)名物だった平打ちうどんの芋川うどんが、訛って伝えられるようになったうどんであった[1]。群馬県で稼働していた富岡製糸場には、織物を買い付ける商人が日本全国から訪れ、そういった商人たちの手土産としても「館林のひもかわうどん」は人気が高く、日本全国に知られるうどんであった[1]。しかしながら、織物産業は国産から日本国外の業者に取って変わり、これと同時に全国の商人が群馬県まで足を運ぶことも減り、群馬県のうどんは他の日本各地のうどんが有名な地域と比べて取り残される形になっていった[1]。
「花山うどん」では大正時代に2代目が「ひもかわうどん」を改良した「鬼ひも川」を考案した[1]。
「鬼ひも川」は一時期、廃盤になっていた。
花山うどん5代目・橋田高明が倉庫から鬼ひも川の文献を発掘。うどん日本一を決定する「うどん天下一決定戦」が行われた際に「鬼ひも川」を復刻させて挑んだところ、2013年より3年連続で全国日本一を果たした[1][2][3]。