アメリカ独立戦争
アメリカ独立戦争(あめりかどくりつせんそう)とは、1775年4月から1783年まで続いた、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(以下、イギリス)からアメリカ合衆国が独立するための独立戦争である。
戦争に至った経緯[編集]
1588年にアルマダ海戦によってスペインを破ったイギリスは、さらにオランダ、フランスと戦争を繰り返し、徐々に力を付け、世界史の表舞台に立ってきた。しかし、相次ぐ対外戦争は経済を疲弊させ、それは重税を課すことによって乗り切ってきた。重税は植民地にも課せられた。些細なことにも重税を課すことによって植民地で生活する人々は課税に対する意見を述べる機会もなく徴税されることに対し本国に対して不満を持つようになり「代表なくして課税なし」と意見をするようになった。イギリスはさらに植民地に対してイギリス製品の押し売りも行い、ボストンに茶を満載した商船を投錨し、茶を買うように迫った。激怒した市民はインディアンの変装をして商船に忍び込み、載せていた茶を港に投げ捨てた。これがボストン茶会事件である。
開戦[編集]
ボストン市民の行為はイギリス本国に対する謀叛であった。本国はアメリカ植民地に懲罰のための軍隊を派遣し、さらにカナダからも軍隊を派遣した。一方、植民地側はジョージ・ワシントンを総司令官とする大陸軍を組織し、さらに民兵も対英戦争の準備を行った。
戦闘の経緯[編集]
戦闘は戦争経験豊富で優秀な武器を持つイギリス側に有利に進んだ。武装農民の寄せ集めに過ぎない大陸軍は敗北し、イギリス軍は大陸軍の武器を押収し、帰途についたが、各地で民兵のゲリラ戦に遭遇した。また、イギリスと対立するフランスからの軍事援助も受け、大陸軍が徐々に有利になった。一方、インディアンは部族ごとにイギリス、大陸軍どちらにも付き、両者はインディアンを味方に付けようと策を凝らした。
- レキシントン-コンコードの戦い(1775年)- 開戦
- 第二回大陸会議(1775年) - 大陸軍総司令にワシントンが任命される
- トマス・ペイン著『コモン=センス』発刊
- アメリカ独立宣言が公布される(1776年7月4日)
- トレントンの戦い(1776年)- 大陸軍の奇襲成功
- サラトガの戦い(1777年)- 大陸軍勝利
- フランスとの同盟成立(1778年)、エカチェリーナ2世の提唱により武装中立同盟が成立(1780年)- 実質的なアメリカ支援
- ヨークタウンの戦い(1781年) - イギリス軍の決定的な敗北
独立[編集]
1783年、イギリスはパリ条約にてアメリカの独立を承認、大西洋側の13の州による連邦国家として成立した。
茶[編集]
ボストン茶会事件に由来して、英米間には茶に関連する対立がある。
- まずマグカップに茶葉を入れます、港にではありません(英)
- 紅茶に塩を入れる(米)
- 紅茶を電子レンジで温める(米)