スハルト
スハルト(インドネシア語: Suharto、1921年6月8日 - 2008年1月27日)は、インドネシアの軍人、政治家。第2代インドネシア大統領(1967年 - 1998年)。32年間にわたる長期政権を築いた。
生涯[編集]
幼少期から青年期[編集]
スハルトは1921年6月8日、オランダ領東インドのジョグジャカルタ特別地域ケンブス郡で、ジャワ人の農民の家庭に生まれた。幼少期は貧しく、転居を繰り返した。義務教育を終えた後、村の銀行員として働いたが、1940年にオランダ領東インド陸軍に入隊した。
日本占領期と独立戦争[編集]
第二次世界大戦中、日本がオランダ領東インドを占領すると、スハルトは日本軍が育成した郷土防衛義勇軍(ペタ)に参加し、将校としての訓練を受けた。この経験は、彼の後の軍歴に大きな影響を与えた。 1945年8月17日、スカルノとハッタによるインドネシア独立宣言の後、スハルトはインドネシア国軍に参加し、インドネシア独立戦争(1945年 - 1949年)において主要な役割を果たした。彼はゲリラ戦術に優れ、その軍事的な才能を認められた。
軍人としてのキャリア[編集]
独立後もスハルトは軍隊でのキャリアを積み重ね、1960年代には陸軍戦略予備軍司令官に任命されるなど、その地位を確立した。
9月30日事件と政権掌握[編集]
1965年9月30日、インドネシアで9月30日事件が発生した。これは、インドネシア共産党(PKI)によるクーデター未遂とされる事件である。当時、陸軍戦略予備軍司令官であったスハルトは、この事件の鎮圧を主導した。 事件後、スハルトはスカルノ大統領から事実上の権限を掌握し、インドネシア共産党とその支持者に対する大規模な粛清を行った。この粛清では、数十万人から数百万人規模の人々が殺害されたと推定されている。 1967年3月12日、スハルトは国民協議会によって暫定大統領に任命され、1968年3月27日には正式に第2代大統領に就任した。これにより、「新秩序体制」(Orde Baru)と呼ばれるスハルトの長期政権が始まった。
新秩序体制と経済開発[編集]
スハルトの新秩序体制下では、経済開発が最優先課題とされた。彼は西側諸国からの援助や投資を積極的に誘致し、石油輸出による収入を背景に、インフラ整備や農業開発を推進した。その結果、インドネシア経済は目覚ましい成長を遂げ、貧困率の改善や教育水準の向上に貢献した。 しかし、その一方で、経済成長の恩恵は一部の特権層やスハルト一族に集中し、汚職や縁故主義が蔓延した。また、政府は政治的安定を維持するため、言論統制や人権抑圧を行った。東ティモール侵攻(1975年)などもこの時期に発生した。
アジア通貨危機と失脚[編集]
1997年、アジア通貨危機が発生すると、インドネシア経済は深刻な打撃を受けた。通貨の急落、物価の高騰、失業者の増加などにより、国民の不満が爆発した。 これを受けて、学生を中心とした大規模な反政府デモが各地で発生し、スハルトの退陣を求める声が高まった。軍部や政治家の中にもスハルトへの支持を撤回する動きが広がり、1998年5月21日、スハルトは32年間にわたる政権の座からついに辞任した。
晩年[編集]
大統領辞任後、スハルトは汚職の容疑で捜査対象となったが、健康上の理由から起訴されることはなかった。彼は公の場に姿を現すことはほとんどなく、2008年1月27日にジャカルタで死去した。86歳没。
評価[編集]
スハルトに対する評価は、今日に至るまで大きく分かれている。 肯定的な評価としては、彼の指導力の下でインドネシア経済が安定し、目覚ましい発展を遂げたこと、社会の安定をもたらしたことなどが挙げられる。 一方で、否定的な評価としては、9月30日事件後の大量虐殺、広範な汚職と縁故主義、言論統制と人権抑圧、そして東ティモールでの人道に対する罪などが指摘されている。特に、彼の財産形成については、国際的なトランスペアレンシー・インターナショナルからも指摘がある。
家族[編集]
スハルトはシティ・ハスナティエンと結婚し、6人の子供をもうけた。彼の子供たちは、父親の権力のもとで莫大な富と影響力を築き、「Cendana」(白檀、スハルト邸の通称)と呼ばれた。
豆知識[編集]
- スハルトは、ジャワ人の伝統的な考え方である「バランス」と「調和」を重視し、自身の政治哲学の根底に置いていたと言われています。
- 大統領辞任後も、彼の邸宅周辺は厳重な警備が敷かれていました。
- スハルトの名前は、苗字を持たないジャワ人の伝統に則り、「スハルト」のみで、父方の苗字や家系を示すものではありません。
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- Ricklefs, M.C. (2008). A History of Modern Indonesia Since c.1200. Palgrave Macmillan.
- Schwarz, Adam (1999). A Nation in Waiting: Indonesia's Search for Stability. Allen & Unwin.
- Cribb, Robert; Kahin, Audrey (2004). Historical Dictionary of Indonesia. Scarecrow Press.